テクニカルライティング教室

テクニカルライティングの講習・テンプレート作成

テクニカルライティングのための時間配分

目次

1.はじめに

研究開発を行って成果が得られると,研究者や技術者は研究レポートや論文を書きます.

レポートや論文がスムーズに書ければ何の問題もありませんが,
大概はウンウン唸ってそれでもなかなか進みません.
はやく提出するようにと上司や先生から督促されます.
次のテーマも始めねばなりませんし,時間があまりありません.
時間配分が難しいと感じます.

レポート(論文)を書く時間は研究活動の中でどのくらいになるのでしょうか?
適切な時間配分があるのでしょうか?

2.研究者の研究活動における時間配分(CAS報告)

アメリカ化学会は世界の化学界をリードする学会です.
アメリカ化学会の活動の1つに,Chemical Abstract Service(CAS)があります.

CASは全世界の化学のみならず広く物質科学・バイオサイエンス関連の学術雑誌に掲載された論文の要約,
さらに関連する特許や書籍の要約を,SciFinderというインターネットで検索できるシステムとして世界に提供しています.

収録の対象は,180か国以上で発刊されている学術雑誌と63の特許機関で発行されている特許です.
SciFinderは論文・特許・書籍の要約だけではなく,化学物質に関する情報も検索することができます.
このシステムは契約した大学,研究機関や企業で使えます.

CASは上記分野の情報検索に関するブログをインターネットで公開しています(https://www.cas.org/).
このブログに2016年の研究者の研究活動に費やす時間配分が載っていました
(Can enhanced search engine relevance drive increased R&D pipeline velocity? by P. Y. AyalaおよびWhere Does Your Time Go?).

調査対象の研究分野,研究者の所属機関と国は明記してありませんが,
CASのデータなので調査対象は物質科学・バイオサイエンス関連分野,
研究者の所属機関は大学・政府機関・企業,国はアメリカと推測しています.

3.研究者の論文執筆時間配分

報告されている時間配分を表1にまとめました.

研究者が研究に費やす時間は42%です.
研究者の所属機関により数値は少し異なりますが,
ほぼ4割の時間を使って研究を行っています.

論文執筆に13%,研究費申請書を書くのに10%の時間を使っています.
書く時間は両者をあわせて23%です.

データ収集と共有化に8%,教育に10%,
その他(所属する機関の運営などに関する業務)が17%です.

活動時間の13%を研究者は論文執筆に使っているというこの数値は,
レポートを書く時間配分の目安になります.
CASデータはそのくらいの時間を使ってレポート(論文)を書くのが妥当だと教えてくれます.

8時間/日勤務として,約1時間がレポート作成にあてられます.
レポート(論文)作成にこんなに時間をかけてもよいというよりも,
それだけ時間をかけて緻密な論理構成で説得性がありかつわかりやすいレポート(論文)を書いて,
自分の成果をアピールする,と認識すべきです.

研究成果は見てくれる人に認められればよいというのではなく,
レポートを書いて関係者にアピールして,成果の意義を認めてもらいます.

そういう意味で1時間/日は妥当な時間でしょう.

さらに,CASは,研究者は文献調査に7時間/週を使っていると述べています
(ただし,CASは1週間の勤務時間を述べていませんので,1週間の勤務時間の何%かはわかりません).

先行研究や関連研究を調べて自分の研究の独創性,優位性や研究分野における位置づけを明確にすること,
いわば「巨人の肩」(注1)に乗るために費やす時間です.

筆者の肌感覚としては「少し多いかな」とも思いますが,CASが調査した研究者は,
このくらいの時間をかけないと自分の研究の位置づけが難しいと考えているのでしょう.

この文献調査時間も,研究者や技術者が文献や関連情報を調べる時間を見積もるときの参考になります.

なお,CASブログはこの指摘に続いて,文献調査にSciFinderを使うことが有効だと述べています.

注1 ニュートンが科学における自身の功績について述べた言葉として有名で,フックへの手紙に,「もし私がさらに遠くを見ることができたとするならば,それは巨人たちの肩の上に乗ったから」と記されています.なお,この言葉はGoogle Scholarのトップページにも示されています.

さて,この報告では研究費申請書執筆に10%の時間が使われています.
国が違いますが,自分が発想した研究を魅力あるものとして提案することが重要だと,CASデータは教えてくれます.

研究提案書の書き方については稿を改めてお知らせします.

4.日本との比較

日本のデータと比較するために,対応する日本におけるデータを探してみました.
しかし,日本ではCASが報告しているような網羅的な研究者の研究活動に関する統計データは見当たりません.

大学の研究者(教員)の研究活動については文部科学省が調査しています.
2013年の調査データ(http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-RM236-FullJ1.pdf)から,
理工農学分野のデータを抽出して表2にまとめました.

大学教員の研究時間は,論文執筆,研究費申請書執筆やデータ収集などを含めて41.7%です.
調査した「研究」の内容にはこれらが含まれています(上記URLに記載されています).

教育が28.4%,その他は,社会サービスも含めて30.0%です.

社会サービスとは,たとえば公開講座・市民講座の開講や審議会の委員としての活動などです.
社会サービス以外の「その他」は所属機関の運営などに関する業務です.
 
このデータからは論文執筆時間はわかりませんが,
41.7%の中でやりくりしていますので,多くても5~8%程度と推定されます.
CASデータと比べると約1/2でしょう.

上で述べた論文執筆に関する状況が同じだと仮定すると,1日のうち約0.5時間となります.
肌感覚としては「現状ではそうだろうな」と思います.

でも,これでは明らかに短いです.
ジックリと考えて文章を練ってインパクトのある論文を書くには,1時間/日程度の時間が欲しいです.

5.レポートを書くための適切な時間配分

CASデータと日本の調査の違いはありますが,
研究レポートを書く時間はCASデータが示す13%が1つの目安になると思います.

研究活動の1割程度は,研究成果についてジックリと考察し,
論理的で説得力がありかつわかりやすいレポート(論文)を書く時間とすることが望ましいです.

6.CASデータと日本の調査データとの比較

本稿の目的とは少しズレますが,CASデータと日本の大学教員のデータを比較してみます.

これらのデータを直接比較することは困難です.
調査した年が違い(CASは2016年,日本は2013年),
研究分野が違い(CASは物質科学・バイオサイエンス関連と推定,日本は理工農学分野(注2)),
研究者の所属が違い(CASはアメリカの大学・政府機関・企業の研究者と推定,日本は大学教員),
調査項目も違います(表1と2はできるだけ比較できるように項目を合わせました).

しかし,大まかな傾向は見えると思います.
多少の無理は承知して,あえて比較してみます.

注2 文科省の調査は大学の全教員が対象です.上述したように,本稿では理工農学分野の教員データを抽出しました.

検討したいのは,研究に使う時間の差異です.
CASデータと日本の大学教員(理工農学分野)の大きな差異は研究時間です.

日本の大学教員の研究時間は圧倒的に少ないです.
上述のように,それは論文執筆なども含めて研究活動時間の41.7%です.

CASデータは論文執筆なども含めると73%となります.
CASデータには政府機関や企業の研究者も含まれるので教育負荷が小さく示されます.

教育負荷を日本と同様としその分研究時間が減ると仮定しても,
55%が研究時間になります.日本と比較すると13%多く,この差異は大きいです.

日本の大学教員の平均勤務時間は10時間/日です(上記文科省調査).
なので,日本の大学教員は,一日のうち4時間10分研究しています.

CASデータの研究者も同時間勤務すると仮定すると,
5時間30分(55%として)研究することになります.
この差異は1時間20分もあり実に大きいです.

勤務時間を8時間/日としても,
日本だと3時間20分,CASデータだと4時間24分となり,やはり差異は大きいです.

大学教員の研究時間が少ないことはすでに多くの識者が指摘しています.
文科省のこの調査では,2002年,2008年の調査データとも比較しています.

表2と同様に理工農学分野の教員のデータを表3に示します.

2002年はそれでも50.2%の時間が研究に当てられました(これでもCASデータより少ない)が,
2008年が最も少なく(40.1%),2013年はわずかに改善(41.7%)されているようにも見受けられます.

現状のままでは科学技術の国際競争に負けてしまうという深刻な危機感があります.
表1と2のデータはそれを裏付けてくれます.

上のCASデータと同様にするには,さらに13.3%の時間を研究に投入しなければなりません.
当面この数値の達成を目標とすべきと考えます.

それを実現するためには,文科省の調査において多くの大学教員が指摘しているように,
「大学運営業務・学内事務手続きの効率化」,「事務従事者の確保」や
「教育専任教員の確保による教育活動の負担の低減」を実施すべきでしょう.

7.まとめ

研究者や技術者が研究成果をまとめて研究レポートや論文を書く時間はどのくらいが適切でしょうか.

CAS(Chemical Abstract Service アメリカ化学会の一部門で,物質科学・バイオサイエンス関連分野の文献・特許・化合物情報の収集・公開を行う部門)が,
研究者の時間配分について興味深いデータを公表しています.

それによると,研究者は論文執筆に,全研究活動時間の13%を使っています.
この数値は,日本の研究者・技術者のレポートや論文作成時間の目安になります.

現状は5~8%と推測されますが,その時間を増やして研究活動時間の13%程度を使うようにします.
増やした分で熟慮を凝らせば,論理的で説得力がありかつわかりやすいレポートや論文が書けるでしょう.

また,日本の大学教員の研究時間は,研究活動時間の41.7%であり,
CASデータのそれ(73%または55%)と比べると明らかに少ないです.

現状のままでは科学技術の国際競争に不利です.
日本の大学教員の研究時間は少なくとも1割強増加すべきです.


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