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テクニカルライティングの講習・テンプレート作成

言葉・概念を定義して使う―論理的でわかりやすいテクニカルライティングの方法―

1.はじめに

私たちは自分の思いや考えを,言葉に表して,文章にして他の人(読み手)に伝えます.

こんなことわざわざ言わなくても当たり前のことです.
私たち(書き手)は文章にしてはじめて,
自分の思いや考えを読み手に理解してもらえます.

書かれた言葉は書き手の思いや考えを表したもので,
それは書き手の考えたとおりに読み手に伝わると,書き手は信じています.

そうでしょうか?

書き手が考えたことを,読み手はしばしばそのとおりに受け取ってくれません.
「わからない」と言われますし,別の意味に解釈されることもあります.

その原因はいくつかありますが,少なくともその一つは,言葉が定義されていないか,
定義されていても明確に定義されていないことです.

結果,言いたいこと(文章の意味)が読み手に伝わりません.

これは科学技術文(研究レポート)でも同様です.
特に科学技術文(研究レポート)は論理的に記述されるべきです.

その第一歩は,言葉を明確に定義することです.

書き手も読み手も同じ意味で理解している言葉はわざわざ定義しなくても問題ありません.
でも,書き手が新たに用いたい言葉や概念は定義しないと読み手は理解できません.

また,読み手にとって意味があやふや(かもしれない)言葉は定義しないと,
別の意味に受け取られるかもしれません.

さらに,その定義は読み手が理解できる言葉で書かれねばなりません.

科学技術文(研究レポート)では言葉・概念の定義は,
書き手の言いたいことを論理的に伝えるための重要なキーです.

2.言葉・概念を定義しないと伝わらない

新しい概念や読み手がよく理解していない(かもしれない)言葉を使うとき,定義すべきです.
それを怠ると文章の意味が伝わりません.

例を出しましょう.
言葉を定義しないから,意味が伝わらない例です.


例文1

ここ100年で起こっている地球の大きな気候変動は,気温上昇媒体の増加によると考えられている.産業革命以降の産業活動や日常生活により,大気中に排出されるガスやエアロゾル濃度が上昇している.二酸化炭素やメタンなどのガスは,地表から放出される熱を吸収し再度地表に放射することにより大気温度を上昇させる.また,大気中に浮遊する微粒子であるエアロゾルも同様の効果を引き起こす.その結果,100年前より大気温度は約0.7℃上昇し,酷暑の夏や大型台風の出現という異常気象が頻発している.



この例文では「気温上昇媒体」という言葉が出てきますが,
定義されていないので意味がわかりません.

文章を読むと,それはどうも「二酸化炭素やメタンなどのガス」と
「大気中に浮遊する微粒子であるエアロゾル」を意味しているようです.

でも,それは読み手が想像しなければならないのですし,
本当にその意味なのか半信半疑で文章を読みます.
そうなると,書き手の伝えたいことが正確に伝わりません.

もう一つ例を出しましょう.この文章は言葉の定義が不明確です.


例文2

ここ100年で起こっている地球の大きな気候変動は,気温上昇媒体によると考えられている.この媒体は人間の産業活動によって大気中に排出された物質である.産業革命以降二酸化炭素やメタンなどのガスが大量に排出され,さらに大気中に浮遊する微粒子であるエアロゾル濃度が上昇している.それらは地表から放出される熱を吸収し再度地表に放射することにより大気温度を上昇させる.その結果,100年前より大気温度は約0.7℃上昇し,酷暑の夏や大型台風の出現という異常気象が頻発している.



この文章では「気温上昇媒体」は「人間の産業活動によって大気中に排出された物質」
であると一応定義はされていますが,不明確です.

文中に「二酸化炭素やメタンなどのガス」や「大気中に浮遊する微粒子であるエアロゾル」
とありますので,どうもそれらを示すようです.

このように,読み手が言葉の意味を想像しながら読まねばならないのでは,
論理的な科学技術文とは言えません.

言葉の意味が途中で変わると読み手は混乱して,書き手の言いたいことが伝わりません.
次の文章はその例です.


例文3

ここ100年で起こっている地球の大きな気候変動は,気温上昇媒体の増加によると考えられている.気温上昇媒体とは,人間の産業活動によって大気中に排出された二酸化炭素やメタンなどのガスやエアロゾルである.これらの物質は,地表から放出される熱を吸収し再度地表に放射することにより大気温度を上昇させ,産業革命以降大気中に大量に放出された.大気中のこの媒体が,あたかもダウンジャケットのように大気の熱が宇宙に放出されることを妨げ,大気温度を上昇したと考えられる.また,気温上昇媒体である火山噴火により発生したエアロゾルも同様の効果を引き起こす.その結果,100年前より大気温度は約0.7℃上昇し,酷暑の夏や大型台風の出現という異常気象が頻発している.



この文章は「気温上昇媒体」は定義されています.

しかし,文章の後半で「気温上昇媒体である火山噴火により発生したエアロゾル」という文言が現れ,
「気温上昇媒体」は「人間の産業活動によって大気中に排出されたガスとエアロゾル」
および「火山噴火」という自然の活動により「発生したエアロゾル」を含むことになっています.

定義が変化したのです.
これでは読み手は混乱します.

「気温上昇媒体」を最初の定義どおりに使いたいのなら
「火山噴火」の前の「気温上昇媒体である」を削除すればよいし,
それを加えた定義にしたいのなら,最初の定義にそれを加えねばなりません.

このように,読み手にとってわからない言葉・概念は,明確に定義しないと
書き手の言いたいことが伝わりません.

3.定義文の文型

言葉を定義するとき以下の文型を用います.

○○は,□□と定義される.
○○とは,□□である.
○○は,□□である.

例をあげましょう.


例文4

気温上昇媒体は,人間の産業活動によって大気中に排出された二酸化炭素やメタンなどのガスやエアロゾルであると定義される.

例文3の「気温上昇媒体」の定義文です.


例文5

酸とは,水に溶解してH + を放出する物質である.

化学で教わる酸の定義の一つでアレニウスの定義です.

4.定義の論理学

定義の文型は以下の文に変えられます.

ABである.

この文は,論理学の「同一」であること,つまりA=Bであることを示します.
定義は定義される言葉(A)と定義する言葉(B)が「同一」です.
トートロジーとも言います.

図1に示すとおりAの領域とBのそれはピッタリ合います
(図ではわかりやすいように少し離して描いてあります).

なので,Aを過不足なく定義できる文になります.

図2の(a)のようにBがAより大きい領域だと,定義の示す領域が大きすぎ,
Aに入らないものが含まれますし,(b)のようだと定義の示す領域(B)が狭くてAのすべてをカバーしません.

これでは定義できません.

例を示しましょう.


例文6

台風は,熱帯の海上で発生し,北西太平洋(赤道より北で東経180度より西の領域)または南シナ海に存在し,かつ低気圧域内の最大風速(10分間平均)がおよそ17m/s(34ノット,風力8)以上の熱帯低気圧である.

気象庁ホームページに記載の台風の定義です.
A=Bになっており,AとBは,それぞれ例文6の「台風」と「熱帯の・・・低気圧」です.
台風が明確に定義されています.


例文7

台風は,熱帯の海上で発生し,かつ低気圧域内の最大風速(10分間平均)がおよそ17m/s(34ノット,風力8)以上の熱帯低気圧である.

この定義は図2の(a)で,定義の示す領域が大きすぎます.
台風の要件は,①熱帯で発生し,②低気圧域内の最大風速がおよそ17m/s以上,です.
これだと場所が限定されていないので,北大西洋・カリブ海・メキシコ湾や北インド洋でも台風が存在することになります.

北大西洋・カリブ海・メキシコ湾および西経180度より東の北東太平洋に存在する熱帯低気圧で,最大風速が約33m/s以上になったものをハリケーンといいます.
ベンガル湾・アラビア海などの北インド洋に存在する熱帯低気圧で,最大風速が約17m/s以上になったものはサイクロンです.

例文7の定義だと,ハリケーンやサイクロンも含まれるので,台風の定義としては採用できません.


例文8

台風は,熱帯の海上で発生し,北西太平洋(赤道より北で東経180度より西の領域)または南シナ海に存在し,かつ低気圧域内の最大風速(10分間平均)がおよそ33m/s(64ノット)以上の熱帯低気圧である.

ハリケーンの定義につられてこのようにすると,図2(b)になります.
33m/s以上だと気象庁は「強い台風」に分類します.

これでは最大風速が17m/sから33m/sまでの熱帯低気圧は台風になりません.
この定義文も台風の定義としては採用できません.



別の例を出しましょう.太陽系の惑星の定義です.それを例文9に示します.

なお,以下の惑星に関する記述は,国立天文台のホームページ
https://www.nao.ac.jp/faq/a0508.html)を参照しました.


例文9

太陽系の惑星とは,太陽の周りを回り,十分大きな質量を持つために自己重力が固体としての力よりも勝る結果,重力平衡形状(ほぼ球状)を持ち,その軌道近くから他の天体を排除した天体である.

 
この文は,国際天文学連合による惑星の定義です.厳密な定義です.
自然科学に限らず一般に学問では,言葉や概念をこのように厳密に定義されることが多いです.

ここで取り上げた惑星の定義には興味深い経過があります.
20世紀末から21世紀始めに,天文学者の間で惑星の定義がもめました.

それまで惑星の明確な定義はなく,太陽系の大きな惑星は,
水星,金星,地球,火星,木星,土星,天王星,海王星および冥王星と認識されていました.
しかし,冥王星の軌道と大きさが他の惑星と大きく異なっており,違和感がありました.

さらに,海王星以遠の天体についての情報量が増え,
この宇宙空間で冥王星と類似した天体が多く見つかりました.
冥王星はこのような天体の1つと考えられます.

このように太陽系の知識が増えた結果,惑星をどのように定義するか,問題となったのです.

紆余曲折を経て,2006年8月に国際天文学連合は,惑星を例文9のように定義しました.

この定義によると,太陽系の惑星は,
水星,金星,地球,火星,木星,土星,天王星および海王星となり,
冥王星は除かれます.

なお,冥王星は準惑星と別の名称で呼ばれるようになりました.

例文9は専門家なら容易に理解できますが,一般には理解しにくいです.
読み手が専門家でなければ,同じ内容をわかりやすく変えねばなりません.
その例を例文10に示します.


例文10

太陽系の惑星とは,太陽の周囲を公転し,十分大きな質量を持つため自身の重力ではほぼ球形を保ち,軌道周辺の他の天体と比べて際立って大きい天体である.

この例文の出典は,大辞林第3版(松村明,三省堂編修所編,三省堂,2006年)です.
このように読み手により意味を変えないで定義文を変えると,
書き手の言いたいことがより明確に伝わります.

6.まとめ

1)科学技術文(研究レポート)では,言葉や概念の定義は重要
科学技術文(研究レポート)は論理的に記述されます.
論理的であることの第一歩は,言葉と概念を定義することです.
書き手が新たに用いたい言葉や概念は,明確に定義しないと読み手は理解できません.
また,読み手にとって意味があやふや(かもしれない)言葉は定義しないと,
理解されませんし別の意味に受け取られるかもしれません.

さらに,その定義は読み手が理解できる言葉で書かれねばなりません.
科学技術文(研究レポート)では言葉・概念の定義は,
書き手の言いたいことを論理的に伝えるための重要なキーです.

2)定義文の文型
定義文は,
「○○は,□□と定義される」
「○○とは,□□である」
「○○は,□□である」
です.

これらは「AはBである」と同義です.

3)定義の論理学
「AはBである」は,論理学の「同一」であること,つまりA=Bであることを示します.
定義は定義される言葉(A)と定義する言葉(B)が「同一」です.トートロジーとも言います.

明確な定義だと,Aの領域とBのそれはピッタリ合い,過不足なく定義できます.
BがAより大きかったり,逆に小さいと定義できません.
定義はA=Bになるようにつくります.

著書紹介
『理系のための文章術入門』

科学技術文の書き方を,易しく解説した入門書です.
本書の特徴は以下のとおりです.

①重要な部分をカラーにして強調したり,ポイントを枠で囲むなどして,ビジュアルな誌面とし,内容をつかみやすいようにしています.

②日本語の構成と特徴を述べ,次いで理系文の構成と特徴を,日本語文のそれと比較しながら述べ,両者の違いがわかるように配慮してあります.

③科学技術文の構成と特徴を「理系文法」として体系化したので,科学技術文の書き方を体系的に困難なく習得することができます.

④科学技術者が書くさまざまなスタイルの文章(レポート・卒論・企業報告書など)を示し,書き方を具体的に解説しました.

いろいろなスタイルの文章に慣れ,それらを書くスキルを身につけることができます.
本書で学ぶことにより,科学技術文書作成の達人になれます.
著書紹介『理系のための文章術入門』