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テクニカルライティングの講習・テンプレート作成

ここを直すとわかりやすい研究レポートになる (研究レポートのためのテクニカルライティング)(1) ―適切なグラフの作成方法と比較データの選択法―

目次

1.はじめに

実験データなど研究成果を報告する研究レポートは,技術者の書く代表的な科学技術文です.

ほとんどの研究レポートは,実験データを示して,
それに基づき種々の考察を行って,結論を導き出します.

データをわかりやすく提示し,論理的な考察を行うことができれば,
レポートはわかりやすくなり,説得力も増します.
データは表にまとめるのが第一歩です.

次にグラフに描いて可視化します.
可視化すると,本文の説明とあわせて,
データの変化やデータ間の差異が容易に理解できます.

しかし,間違えたグラフや比較データのないグラフも散見します.
それではどんなに目をこらして見ても,本文の説明を繰り返し読んでも,
データの意味を理解することはできません.

そのようなグラフをつくってしまうのは,
①実験や観測内容に対応したグラフの作製法をマスターしていないためであり,
②比較すべきデータがわからないためです.

前者はデータを適切にグラフ化する方法をマスターすればできますし,
後者は研究の目的を再確認して選択します.

これらを直すとわかりやすいレポートになります.

いま,以下の実験を行って研究レポートを書くとします.
その実験データを例にとって,適切なグラフを描く方法と比較データの選択法を述べます.

2.実験データ例

1.研究目的

試薬TREとKLGを反応させると球状ポリマーST21が生成することがわかっているとします.
研究の目的を,「この合成反応においてポリマーST21の粒径に対する添加剤TKNの効果を調べる」とします.
具体的には,「(i)この反応において添加剤TKNを加えて,粒径がどのように変化するかを調べること,
および(ii)添加剤を加えなかった反応との粒径変化を比較検討すること」です.
この目的を達成するため,以下の実験を行います.

2.実験1

試薬TRE 150 g,試薬KLG 144 g(TRE:KLGのモル比=1:1.1)および添加剤TKN 2.5 gを,溶媒HSC 500 mL中,60℃で7時間まで反応させました.反応時間3時間後から1時間ごとに反応液の一部を採取し,合成されたポリマーST21の粒径を電子顕微鏡(SEM)(SD社製EM-II型)を用いて測定しました.
20個のST21粒子の直径を測定し,その平均値を粒径としました.

3.データ

表1に示す粒径が測定されました.

3.データをグラフ化する

1.実験1のグラフ化(a)

表1に示す実験1のデータを折れ線グラフで作成しました(図1).

時間に対する粒径変化は,一定時間ごとに測定しましたので,折れ線グラフは一見正しそうです.

しかし,このように示すということは,粒径があるときは少しだけ変化し,
またあるときは大きく変化する,とグラフ作成者は認識していることを示します.
折れ線グラフはデータの変化がプロット点のとおりであることを表すものだからです.

たとえば,気温の変化(年最高気温の年変化)などは折れ線グラフで示せます.

例として,東京における年最高気温の2000年から2018年までの変化を図2に示します
(データは気象庁ホームページ https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php).

しかし,一般に化学反応は,反応時間に対して反応物は一定の傾向で反応して,生成物が生成すると考えられます.

つまり,ある条件(時間)変化に対して,調べたいこと(粒径)は1次や2次関数的に変化すると考えられます.
実測データがそれから外れるのは,実験がバラつくからです.

実測されたデータのとおりに反応が進むとは通常は考えません.
だから,この場合折れ線グラフは適切ではありません.

2.実験1のグラフ化(b)

化学反応におけるある変化(X軸)に対する物理量・化学量の変化(Y軸)は,散布図で描くのが一般的です.
データの近似線を作成すれば,それがあり得べき変化と考えてよいです.

そこで,実験1のデータを散布図で作成しました.
このケースでは1次関数の近似線で最もよく近似されましたので,この近似線を加えました(図3).
図にその式とR2(決定係数)を記してあります.

決定係数(R2)は,0~1までの数値をとり,データがどの程度近似線で説明できるかを示します.
1に近いほどデータは近似線に近いところに分布しています.

逆に低いほど近似線に遠いデータが多くある,つまりバラツキが大きいことを示します.

たとえば,R2=0.5なら全体の50%がその近似線で説明できることを示します.
この図ではR2=0.99なので,近似線はデータの真の変化を示していると考えてよいです.

これでようやく考察できるグラフが得られました.
したがって,ポリマーST21の合成反応において,反応時間に対して粒径は直線的に大きくなることがわかります.

4.比較データの選択法―データの意味を明らかにする―

1.比較データを探す・つくる―研究目的を再確認する―

添加剤を加えた反応において,ポリマーST21の粒径は反応時間に対して直線的に大きくなることがわかりました.

しかし,これで終了ではありません.データの意味がまだわかりません.

それは研究の目的により変わります.
目的が「いま行った実験結果を知ることだけ」ならこれで終了です.
しかし,ほとんどの場合は,それより上位の目的があります.

いまのケースでは,目的は「この合成反応においてポリマーST21の粒径に対する添加剤TKNの効果を調べる」です.

具体的には,「(i)この反応において添加剤TKNを加えて,粒径がどのように変化するかを調べること,
および(ii)添加剤を加えなかった反応との粒径変化を比較検討すること」です.

なので,図1のデータの意味を明らかにするために,
(ii)の「添加剤を加えなかった反応」を行って,比較するデータをつくらねばなりません.

すでに実験しているのならそのデータを探します.
ここでは実験してデータを取ることにします.

2.比較実験 実験2

実験1と比較するため,同一条件で添加剤を加えない反応を行い,
生成したポリマーST21の粒径を同様に測定しました.

実験1の粒径データとあわせて,表2に得られた粒径を示します.

3.データのグラフ化

実験1と2の粒径データを散布図でプロットし,近似線も描き,図4に示します.

実験2は反応時間6時間後から粒径は一定となり,3次関数の近似線で近似されました.
したがって,添加剤を加えないと,ポリマーST21の粒径は反応時間6時間まで大きくなるが,
それ以降では一定となり大きくならないことがわかりました.

それに対して,添加剤を加えると粒径は反応時間に対して直線的に大きくなりました.
添加剤TKNの添加により大きな粒径のポリマーを作製することができ,添加剤の効果がわかりました.

実験の目的は,添加剤の効果を明らかにすることですので,その目的は達成されました.

なお,この図をレポートに使うとき近似式は省いてよいです.

グラフ作成作業はこれで終了します.

余談ですが,新たな課題も生まれます.

1つの実験が終わると新たな課題が生まれることが多いです.
この例では2つあります.

1つは添加剤TKNと粒径成長との関係です.
反応時間を長くすると粒径はまだ大きくなるのか,どこかで一定の粒径になるのか,
添加剤の添加量と粒径はどのようになるのか,です.

もう1つは,粒径に対する添加剤TKNの効果の要因です.
仮説として,たとえば添加剤TKNが粒子の核形成を抑制して,少量の核を形成し,
その結果粒径が大きくなったと考えることができます.

これらをどの程度解明するかは研究の目的によります.
どの方向に研究を発展させていくのか,と言い換えてもよいです.
いずれにしても今後の課題になります.

5.データ変化の記述法

グラフに示されたデータの記述法は以下のとおりです.

1.データが1次関数的に変化するとき

実験1のデータのように,データが1次関数的に変化するときは,
次のように「直線的」と記すのが一般的です.

・反応時間に対して粒径は直線的に大きくなる
・○○に対して□□は直線的に変化・増加・減少する

「直線的に」に変えて「1次関数的に」や「1次で」と書くこともできます.
「直線的に」を繰り返し書くことを避けるときに有効です.

・○○に対して□□は1次関数的に変化・増加・減少する
・○○に対して□□は1次で変化・増加・減少する

2.データが2次関数以上の関数で近似されるとき

実験2のデータのように2次関数以上の関数で近似されるときは,
以下のように,変化を具体的に書きます.

・反応時間6時間まで大きくなるが,それ以降では一定となる
・○○に対して□□は・・まで・・・になるが△△以降は・・・となる

2次関数的な変化の場合は,以下の表記もできます.

・○○に対して□□は2次関数的に変化・増加・減少する

3.データが指数関数で近似されるとき

データが指数関数的に変化するときは,以下のように記します.

・○○に対して□□は指数関数的に変化・増加・減少する

まとめ

多くの研究レポートは実験データを図表にして示します.

適切なグラフを描ければ論理的でわかりやすいレポートになります.

グラフ化のポイントは,
①実験・観測内容に対応した適切なグラフを描く,
②比較するデータもあわせて描く,
ことです.

たとえば,化学反応のデータを例にとります.

ほとんどの化学反応ではある条件変化(X軸)に対して,
調べたいこと(Y軸)は1次や2次関数的に変化すると考えられます.

このような場合はデータを散布図に描き,近似線を加えると,データの真の変化を示すことができます. 

また,単独のデータのみを提示するだけでは,その意味はわからないことが多いです.
比較すべきデータもあわせて示します.

それらと比較することによりデータの意味を明確にすることができます.
比較データの選択は研究目的によります.


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