目次
1.はじめに
あなたが新しい研究を始めたいとき,
「さあ始めるぞ!取りあえずおもしろそうなところから着手するか!」
と言って,研究をスタートできることは,予備検討を除いては,ほぼないでしょう.
ほとんどの場合,研究提案書またはそれに準じる書類を,所属機関(企業,大学や公設研究機関)のルールに従って提案し,必要なら口頭でアピールして,機関の意志決定者(経営者,研究機関のリーダー,上司や教員)に認めてもらってから,研究を開始します.
また,国や自治体などの公的機関の研究助成を受けることもあるでしょう.
そのときも,助成元の書式にしたがい研究提案書を提出して,審査を受けて採択されれば,研究助成を受けられます.
いずれにしても,研究を実施するには研究提案書を書いて,所属機関の意志決定者や助成機関の審査員(両者を以下では審査員といいます)に採択してもらわねばなりません.
研究提案書の書き方については,「研究提案書の書き方(研究提案のテクノカルライティング)(1)―研究提案書の構成と書き方―」で概略を述べました.
基本的には,それに則って書きます.
2.採択される研究提案書
しかし,同じような内容の研究提案でも,審査員が「うん!これはすばらしい.是非とも採択すべきだ!」と考える提案書と,「うーん.ちょっと採択レベルに達していないな.惜しいが不採択だ」となる提案書があります.
研究提案書の形式に則って書かれたものでも,勘所を押さえたものでないと,審査員には認められません.
「まだまだ不足だな」となったのなら不採択もやむを得ないし,それは大いに改善すべきです.
しかし,「惜しいなあ」というレベルなら,不採択はもったいないです.
どのような提案書なら,採択されるのか,研究提案者にとっては重要な課題です.
採択される提案書の要件は以下の3つです.
これは必須です.書式に合致した書き方でないと,提案書を受理してもらえません.
②提出先が求める新規性(新奇性)・独創性を満たしている
どの研究機関でも助成機関でも,一定のレベル以上の新規性(新奇性)と独創性を持っている研究提案でないと認めません.
提出先が求めるレベルを満たすことが必須です.
③研究内容が論理的に筋道通って書かれており,優れた成果が見積もられている
研究に対する意欲や夢のような成果を示すだけでは,お金をかける意義を審査員は見いだしません.
何が新しくて,どこまでを明らかにするのか,その結果どのように優れた成果が得られるのかを,論理的に筋道通して訴えることが必須です.
しかし,これらを満たしていると提案者が認識していても,不採択になることがあります.
そうすると,ガックリしてしまい,しばらく研究のことなんて考える気にもならなくなります.
研究に対する情熱を失いことにもなりかねません.それでは何にもなりません.
実は,提案者自身は上の要件を満たしており,提案書をうまく書いた思っているかもしれませんが,それは,審査員の目から見ると,認めがたい書き方をしている提案書なのです.
そのような提案書は,ポイントとなる箇所の対応が取れていないのです.
そこを改善すると,採択レベルをクリアーする提案書になります.
それは何か,どこに着目してどのように提案書を書けばよいのか,本稿は着目すべきことを指摘して,その書き方を述べます.
提案書が見違えるようにわかりやすくなります.
3.研究提案書
研究提案書の一般的な構成を以下に示します.各項目の説明と書き方は「研究提案書の書き方(研究提案のテクノカルライティング)(1)―研究提案書の構成と書き方―」を参照してください.
研究提案書の一般的な構成
1)研究課題名称
2)提案者
3)提案の概要
4)研究の背景
①研究分野と既往研究(先行研究)の概要
②提案者の研究実績
③提案する研究に関する課題・問題点
5)研究目的・目標
6)研究内容
①何を,どこまで,どのようにして研究するのか
②研究の特色,独創性
③予想される成果の大きさ
7)研究計画
8)予算
4.対応すべき箇所
研究提案書の中で,重要なのは「研究提案書の構成」中に赤字で示した3箇所です.
(B)「研究目的・目標」
(C)「研究内容」の「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と
「予想される成果の大きさ」
それらに(A),(B)と(C)の記号を付けて,以下に再掲します.
これら3者は対応しているべきです.
その説明に入る前に,これらの箇所の書き方を説明します.
1)(A),(B)および(C)の書き方
・(A)「研究の背景」の「提案する研究に関する課題・問題点」
ここは,当該分野の現況,特に本研究の目的に関することを書き,解決すべき課題や問題点を書きます.
それに取り組むと研究分野の大きな課題が解決されて,大きな貢献をするものであることを強調します.
課題を解決することが提案する研究課題そのものになるはずです.
逆に言えば,研究提案に結びつかない課題は書きません.
代表的な文献を引用して書くと説得力が増します.
・(B)「研究目的・目標」
研究目的と目標を書きます.
目的は研究で明らかにしたいことですし,目標は達成すべき数値で示されます.
両者をあわせて書くこともできます.
いずれにしてもそれらが明確にわかるように書きます.
・(C)「研究内容」の「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」
提案する研究で具体的に行うことを述べます.
目的を達成するために,何を,どのように,いつまでに,行うのかを,原則として重要な事項から述べます.
ほとんどのケースでは,重要なことから取り組みますので,書く順序=重要な事項の順序となります.
現状から出発して,提案者のこれまでの研究成果に基づき,他研究者の成果も引用して,筋道を通して述べます.
ここでは,「研究の方法」と「予想される成果の大きさ」の書き方を述べます.
「研究の方法」では,研究はどんな方法で,どのように研究するのかを,具体的に説明します.
このとき,提案する研究やその分野に特有の概念,方法や物質などがあれば(多くの場合はあるでしょう),それを簡潔に説明します.
注釈をつけてもよいです.この欄に具体的な実施内容を書いてもよいです(「研究計画」で書くやり方もあります).
そのときは,用いる材料,検討事項,使用装置・ソフト(アプリ),解析機器,測定方法,などを具体的に記し,何を行うのかを明確に書きます.
新規設備や機器を購入して使いたいのなら,ここで言及してもよいです(「予算」に書くやり方もあります).
設備・機器の名称,型番とメーカーを記し,それを使って何をしたいのか,それを使うことによりどのような効果があるのかを,それがない場合と比較して書きます.
「予想される成果の大きさ」には,上の「研究の方法」を実施した結果,予想される成果をできるだけ数値をあげて示し,その大きさを述べます.
得られるであろう成果は,必ず目的・目標が達成されるべきです.
つまり,研究が計画どおり終了すれば,掲げた目的・目標は達成されて,掲げた課題・問題点は解決されるハズです.
ここ大事です.
2)(A),(B)および(C)の3者は対応しているべき
繰り返しますが,大事なのは,
(A)「研究の背景」の「提案する研究に関する課題・問題点」,
(B)「研究目的・目標」と
(C)「研究内容」の「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」です.
(A)から(B)を経て,(C)まで,一貫した論理構成であり,論理が素直に展開していくように書くことです.
それには,この3者に対応関係があることです.それを図1に示します.
(A)「課題・問題点」で申請者が解決すべきと考える「課題・問題点」を提出します.
それは(B)「研究目的・目標」で,具体的な解決策として提案されます.
次の(C)何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」で,その具体的解決方法と予想される成果が書かれ,研究終了時には,目的が達成され,「課題・問題点」が解決されます.
(A)「課題・問題点」や(B)「研究目的・目標」が複数ある場合は,
(C)「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」もそれぞれに対応して同じ数のものがあるべきです.
この対応関係は重要です.論理的に記述された提案書は,この3者が対応しているハズです.
審査員はその対応関係を調べます.
(A)「課題・問題点」を受けた(B)「研究目的・目標」がなのか,
(B)「研究目的・目標」を達成するための(C)「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」なのか,
その「成果」は「課題・問題点」を解決するのか,
これらについて提案書を読みながら,評価し,判断するのです.
これらが対応している提案書は論理的と評価されます.
だから,申請者はこれらの対応関係を十分吟味すべきです.
これらのことは当たり前のように聞こえるかもしれません.
しかし,研究計画書を査読してみると,意外にもこの3者の対応関係のない研究提案書が多いのです.
おそらく,提案書を書き進めているうちに,いろいろとアイディアが浮かんでそれを付け加えたり,前に書いた項目を忘れたりするためだと思います.
確かにここは難しいですし,なかなかうまく書けないところです.
しかし,逆に言えば,頑張りがいのあるところです.何度も書き直して検討するとよいです.
このとき,同僚に読んでもらったり,議論することも重要です.
だから,同僚に査読を頼まれたら,断らないで真摯に熟読するとよいです.
有益な助言をすることができるからですし,自分の勉強にもなるからです.
3)対応関係の例
例を図2に示します.
(A)「課題・問題点」で「Xの現況が不明である」と述べたとします.
(B)「研究目的・目標」には3つの目的が示されています.
(C)「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」には,2つのことが書かれています.
さて,これらの対応関係を調べます.
まず,(A)と(B)の対応です.
(A)の「Xの現況が不明である」に対して,(B)目的・目標の「Xの現況を調査する」と「Xの状態を明確にする」は対応していますが,「Yの現況を調査する」は対応していません.
YはXとは関連しないからです.
この対応していない目的は不要のハズですが,ここでは書かれています.
3つの目的・目標が掲げられていますが,1つは対応しないものです.
(B)と(C)の対応関係では,(B)の「Xの現況を調査する」と「Yの現況を調査する」に対して,それぞれ(C)には記述があります.
「Xの分布をα法で調べる」と「YとXの状態を比較する」です.
「Xの現況を調査する」ため,「Xの分布をα法で調べる」のですから,これらには対応関係はあります.
しかし,「Yの現況を調査する」に対して「YとXの状態を比較する」は,目的達成のための具体的取り組みとは判断できません.
これはYの結果が出た後に行うことですから.
さらに,「Xの状態を明確にする」ために何をするのかは記述がありませんから,これに関する具体的な取り組みがわかりません.
対応関係が認められるのは「Xの現況を調査する」に対する「Xの分布をα法で調べる」だけです.
他の2つは対応していません(1つは記述がないから当然です).
そうすると,この提案書は,(A)と(B)の対応関係が悪く,(B)と(C)もうまく対応していません.
これでは審査員の評価は低くなります.
この提案書を改訂するには,(B)の「Xの状態を明確にする」に対して,その具体的な取り組みを書いて,(B)の「Yの現況を調査する」と(C)の「YとXの状態を比較する」を削除します.
そうすると,この3者に対応関係が生まれます.
それは論理的な提案書になります.
4)対応関係の調べ方
対応関係は提案疎を作成した後で,調べるとよいです.
それには,図2に示したように,図解するとよいです.
それぞれの項目を抜き書きして,それらに対応関係があるのかを,矢印を引いて調べます.(A)から(B),(B)から(C)へと,図のように矢印が結ばれると対応関係があります.
矢印が引かれないと対応関係はありません.
この図ではそれを破線で示してあります.
このようになったら考え直すとよいです.
抜き書きが面倒なら,提案書の該当箇所に記号を付けて,それを図解するとよいです.
5)研究提案書の例
上の説明だけではわかりにくいかもしれません.
研究提案書の例を示します.
クリーンな環境を必要とする工場で,製品歩留まりが変化して困っているとします.その要因はどうも空中に浮遊するゴミによると考えられます.しかし,その現況(ゴミの大きさ,分布状態や種類)がわかりません.歩留まり変化の原因がゴミだとしても,その現況を把握しないと,有効な対策を打てません.そこで,「クリーン工場における空中浮遊ゴミの現況調査」という研究計画を作成して,ゴミの現況を調査するとします.
・(A)「研究の背景」の「提案する研究に関する課題・問題点」
いま問題になっていることは,「クリーン工場における空中浮遊ゴミの現況が不明である」ことです.
これが課題・問題点です.
・(B)「研究目的・目標」
(A)を受けて,研究目的として,3つ提案します.
すなわち,「空中浮遊ゴミの大きさと分布を調査する」,「空中浮遊ゴミの種類を明確にする」および「原材料Yの不純物の現況を調査する」,です.
このうち,原材料Yは入荷ロットごとの不純物濃度が,規格内ではあるが変動が大きいので,ここであわせて調査したいと申請者が考えたのだとします.
なお,ここでは数値目標は提案されなかったので,「目的」のみの提案です.
・(C)「研究内容」の「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」
(B)を達成するための具体的な取り組みが示されます.
「空中浮遊ゴミの大きさと分布を調査する」ために,「空中浮遊ゴミの大きさと分布を,ダストカウンターという測定器で,工場の物品移動の多い箇所(4箇所)で,就業時間内測定する」とします.
「原材料Yの不純物の現況を調査する」に関しては,「原材料Yの不純物の種類と濃度(受け入れ検査書に記載のもの)と空中浮遊ゴミの大きさと分布を比較する」とします.
しかし,「空中浮遊ゴミの種類を明確にする」については記述がなかったとします.
・(A),(B)および(C)の対応関係
これらの対応関係を図解し,対応関係のあるものを矢印で結びます.
また,対応関係のないものを破線で結びます.
このようにすると,両者の違いが一目瞭然でわかります.図3にそれを示します.
(A)の「クリーン工場における空中浮遊ゴミの現況が不明である」に対して(B)「空中浮遊ゴミの大きさと分布を調査する」は対応しており,課題・問題点に対する良好な解決策と言えます.
また,この目的に対して,(C)「空中浮遊ゴミの大きさと分布を,ダストカウンターという測定器で,工場の物品移動の多い箇所(4箇所)で,就業時間内測定する」は,具体的な取り組みとしてわかりやすいものですから,対応関係はあります.
この3者の対応関係は十分あります.
これに対して,(B)の「空中浮遊ゴミの種類を明確にする」には,対応する(C)がありません.
また,(A)に対して,(B)の「原材料Yの不純物の現況を調査する」は対応していません.
これと(C)「原材料Yの不純物の種類と濃度(受け入れ検査書に記載のもの)と空中浮遊ゴミの大きさと分布を比較する」は対応していません.
「原材料Yの不純物の現況を調査する」の具体的取り組みが,「原材料Yの不純物の種類と濃度(受け入れ検査書に記載のもの)と空中浮遊ゴミの大きさと分布を比較する」とは考えられないからです.
したがって,この研究提案書では,図3に示す矢印で結ばれたものには対応関係はありますが,破線で示した3箇所には対応関係がないことがわかります.
このように,図解すると,対応関係のない箇所が容易にわかります.
・改訂方法
それがわかれば改訂するのは難しくないです.
改訂例の図解を図4に示します.記述のない箇所は,適切な文言を書き入れます.
この例では,「空中浮遊ゴミの種類を明確にする」に対して,その具体的な取り組みが書かれていません.
だから,ここに「清浄なガラス基板を上記箇所(4箇所)に1日置き,そこに付着したゴミを光学顕微鏡および電子顕微鏡で観察する」と,具体的な方法を書き加えます.また,対応関係のない箇所は削除します.
この例では,(B)の「原材料Yの不純物の現況を調査する」と(C)の「原材料Yの不純物の種類と濃度(受け入れ検査書に記載のもの)と空中浮遊ゴミの大きさと分布を比較する」を削除します.
5.まとめ
新しい研究を始めたいとき,ほとんどの場合は,研究提案書を書いて,審査員に採択OKと認定してもらわねばなりません.
研究提案書の書き方については,「研究提案書の書き方(研究提案のテクノカルライティング)(1)―研究提案書の構成と書き方―」で概略を述べました.
基本的には,それに則って書きます.
研究提案書が採択されるには,提出先の求める形式に合致し,新規性(新奇性)と独創性があり,論理的であるべきです.
研究提案書の中で,次の(A),(B)と(C)の3者が対応していると,論理的になります.
すなわち,(A)「研究の背景」の「提案する研究に関する課題・問題点」,(B)「研究目的・目標」と(C)「研究内容」の「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」,を対応するように書くのです.
それは,(A)から(B)を経て,(C)まで,一貫した論理構成であり,論理が素直に展開していくように書くこと,と言い換えられます.
詳しく述べると以下のとおりです.
(A)「課題・問題点」で申請者が解決すべきと考える「課題・問題点」を提出します.
それは(B)「研究目的・目標」で,具体的な解決策として提案されます.
次の(C)何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」で,その具体的解決方法と予想される成果が書かれ,研究終了時には,目的が達成され,「課題・問題点」が解決します.
審査員はその対応関係を調べます.
(A)「課題・問題点」を受けた(B)「研究目的・目標」がなのか,(B)「研究目的・目標」を達成するための(C)「何を,どこまで,どのようにして研究するのか」と「予想される成果の大きさ」なのか,その「成果」は「課題・問題点」を解決するのか,これらについて提案書を読みながら,評価し,判断します.これらが対応している提案書は論理的と評価されます.
だから,申請者はこれらの対応関係を十分吟味すべきです.
上の3箇所をうまく書くのは確かに難しいですが,頑張りがいのあるところです.
何度も書き直して検討するとよいです.
このとき,同僚に読んでもらったり,議論することも重要です.
だから,同僚に査読を頼まれたら,断らないで真摯に熟読するとよいです.
有益な助言をすることができるからですし,自分の勉強にもなるからです.
クリーン工場の空中浮遊ゴミの現況調査を例にとって,具体的に説明しました.
『この1冊で!』
全ての研究者・技術者・理系学生のために!
この一冊で研究報告書のテクニカルライティングが学べます。
- ・研究報告書の構成,体裁と内容について
- ・結果と考察の構造,重要な4要素,結果と考察の論理展開について
- ・結果と考察の書き方について
- ・報告書の表題,緒言(背景と目的),結論、実験などについて
- ・文の推敲に係り受け解析を使う方法について