「翠雨の人」(伊与原新,新潮社,2025年)は,直木賞作家の伊与原新さんが綴った地球化学者・分析化学者である猿橋勝子さんの伝記(生涯と科学(化学)業績)です.
小説家伊与原さんと猿橋さんとは,異質の取り合わせに見えます.伊与原さんは,「月まで三キロ」やNHKでドラマ化された「宙わたる教室」で注目され,「藍を継ぐ海」で第172回直木賞を受賞した作家です.一方,猿橋さんは気象庁で地球化学・分析化学を研究した研究者です.一見不思議な取り合わせに見えます.
伊与原さんは,東京大学大学院で地球惑星科学を専攻し,理学博士号を修得し,その後大学教員を務めていました.猿橋さんのことは,猿橋賞(後述)の選考委員を務めた大学院の恩師から教えてもらったようです(読売新聞読書欄,2025.9.7.).やはり接点はあったのです.猿橋さんのことを知れば,彼女の人生や科学的業績に関心を持つのは,理系の人間なら自然なことだと思います.
さて,ここで描かれている猿橋勝子さんとはどのような人だったのでしょうか.その点については,米沢富美子(当時慶応大学理工学部教授で後述の猿橋賞の受賞者)さんの「猿橋勝子という生き方」(米沢富美子,岩波書店,2009年)に,簡潔で要を得た説明があります.以下に引用します.
「猿橋は,女性が理系の学問を追求する道が開けていなかった時代に生きて,地球化学の分野で世界的な業績を挙げた.さらに,後進の女性科学者を励ますために,「女性科学者に明るい未来をの会」を創立し,自然科学系の女性研究者を対象に「猿橋賞」を設けて顕彰する事業を,定年後に始めた」(執筆までの経緯).
女性科学者のパイオニアなのです.上の経歴を見ただけでもすごい人だなと思います.さらに,女性が科学者になることすら難しい時代に,単に科学者になるだけでなく,世界的な業績を挙げ,世界で有名になることができたのか.それのみにとどまらず,女性研究者のための顕彰制度を創り上げることができたのか,その秘密に迫りたいと誰もが思うでしょう.
おそらく,伊与原さんもその思いを,伝記小説という形で結実させたのでしょう.小説では,猿橋さんの誕生から筆を進め,地球化学研究に入っていき,そのなかで頭角を現し,顕著な業績を挙げるまでを,275ページにわたり丁寧に描かれています.特に,米国で行われた日米の分析方法の対決の場面は,小説の頂点として描かれています.読者は,まるで猿橋さん自身の人生を,隣で追体験しているかのように感じられます.
猿橋さんが地球化学・分析化学を専攻することになったのは偶然の積み重ねでした.当初は医師を志していましたが,東京女子医専の入試面接で校長・吉岡弥生の対応に失望し,医師になる気持ちを失ってしまったのです.吉岡校長のものの言い様がいかにもひどかったのです.
その帰り道に,偶然帝国女子理学専門学校(現東邦大学理学部)の学生募集のビラを受け取り,その場で進路を物理学に切り替えました.このあたり決心がすばやいですが,いかに医専の面接で失望したのかがよくわかります.この選択は猿橋さんにとって,後年の成功を思うと大吉(大大吉)です.私たちもこのような思いがけない選択で大吉を引くことがあります(たとえ,そのときは凶と思っていても).
猿橋さんは,学生時代は数学や物理学が得意でしたが,化学は苦手でした.化学式や暗記物が多く「化学は暗記が多くて苦手だった」と後に振り返っています.このあたり不思議な縁と皮肉を感じます.それはともかくとして.
猿橋さんが卒業したときは,戦時下(第二次世界大戦)でした.彼女は戦争に協力したくなくて気象庁へ就職し,中央気象台で三宅泰雄氏の指導を受けることになりました.三宅さんは生涯の師になります.三宅さんとの巡り会いが猿橋さんの人生を切り開いていったのです.本人の努力は言うまでもありませんが,よき師に恵まれたのです.それも幸運と言うべきでしょう.
猿橋さんはその後気象庁で地球化学・分析化学の分野で研究生活を送ります.顕著な科学的業績は2つあります.
一つは,海水中の全炭酸の定量法を開発したことです.二酸化炭素は,海水に溶けると,遊離炭酸,炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの平衡混合物として存在します.これらの存在比は,塩素量,水温,pHの値によって変化します.猿橋さんは炭酸・炭酸イオンと塩素量,水温,pHとの関係式を見いだし,次に塩素量,水温,pHに対する炭酸・炭酸イオンの存在比を表にしたのです.
表にすることによって,ある塩素量,水温,pHにおける炭酸・炭酸イオンが容易に求められます.この表は実に便利なもので「サルハシの表」として国際的な高い評価を得たのです.なお,「翠雨の人」では,「炭酸水素イオン」を「重炭酸イオン」と表記しています(p.140-142).
2つ目の業績は,1950年から1960年代に盛んに行われた原爆や水爆の実験によって放出される人工放射性物質の同定と,その放射能の定量に関するものです.第二次世界大戦では広島と長崎に原爆が投下されましたが,終戦後もアメリカは原爆,さらには水爆の実験を南太平洋のマーシャル諸島周辺で行っていました.その後ソ連(現ロシア)も原爆・水爆の実験を行います.
当然,人工放射性物質が広く拡散します.だから,その状態(どのような核種なのか,どのような化合物なのか)や放射能を測定して,地球環境に与える影響を調べる必要がありました.筆者は1960年代当時小学生でしたが,テレビのニュースで今日の日本や世界各地の放射能濃度が報道されていました.それを記憶しています.当時は地球のどこにでも放射能が降っていたのです.
気象庁もその分析を担います.当時すでに猿橋さんは「微量分析の達人」との評判を得ており,そのために実験の中心的役割を担うことになります.
そんな折,1954年にビキニ事件が起こります.これは,マーシャル諸島のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験に,日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が巻き込まれ,「死の灰」を浴びた事件です.猿橋さんたちは,この放射性物質の分析を担当しました.
その結果,「死の灰」の主成分は,水爆実験による衝撃によって海中のサンゴ礁が空中に舞い上がり,その主成分である炭酸カルシウムが変化して水酸化カルシウムに変化したものだと明らかにしたのです.当然それには大量の放射性物質が含まれています.
この発見を契機に,原爆や水爆実験の危険性は世界的に認識されるようになりました.太平洋における放射能測定も進められました.ところが日本近海のデータはアメリカ西海岸の測定値よりも一桁高い値を示したのです.この結果に対して,アメリカ側の責任者フォルサム博士は「日本の分析方法に重大な誤りがある」と非難し,欧米の研究者も日本のデータを疑いました.
そこで,アメリカと日本の分析法を,アメリカで同じ試料を使い比較検討しようということになり,日本からは猿橋さんが派遣されることになったのです.この場面を,伊与原さんは小説のハイライトとして力を込めて描いています.
伝記「猿橋勝子という生き方」では,最初の3章を当てています.著者米沢富美子がいかに力を注いだかがわかります.後年,猿橋さんはこれを「道場破り」と表現しています.猿橋さんの意気込みと覚悟が凝縮された言葉と思います.
その結果,日本の分析方法は精度も再現性もアメリカの方法より優れていることが証明され,その結果は日米の共同論文として発表されました.日本の分析手法の正しさと猿橋さんの実力が国際的に認められたのです.
筆者は,「翠雨の人」の場面を読んだとき,胸が熱くなり,「頑張れ,猿橋さん」と声を上げたい気持ちで読んでいました.日本の分析法が優れていることが明らかになったとき,猿橋さんと一緒に涙してそれを喜びました.直木賞作家による筆致の力強さはさすがです.圧倒されました.
この成果を踏まえ,猿橋さんは世界的に活躍していきます.さらに,後年には女性科学者を支援する「女性科学者に明るい未来をの会」を創立し,自然科学系の女性研究者を対象とした「猿橋賞」を創設し,社会に大きな功績を残しました.この小説ではその点には簡単に触れられています.それは筆者には少し不満です.
さて,時間を放射能測定している頃に戻します.小説の中では,猿橋さんは,渡米するとき「そんな大役,私につとまるでしょうか」と三宅さんに尋ねています.それに対して,三宅さんは,猿橋さんは一流の研究者だと言い,続けて「私はあなたの力を信じている.あなたも自分を信じなさい」と言います.
一流の人について,三宅さんは次のように言っています.
「一流と呼ばれる人は皆,困難や逆境に打ち勝つ意志と力を持っている.だからこそ,誰もなし得なかった研究を成功させることができるのです.あなたはこの気象研で新しい技法を生み出し,難しい課題に挑み,精神的な重圧の下で結果を出してきました.すでに一流の位置に到達できるだけの力を蓄えている」.
この言葉は,三宅さんが猿橋さんを一流と認め,いかに信頼していたかをよく示しています.
蛇足とは思いますが,一流と言うことについて,筆者は2つのことを付け加えたいです.一つは,三宅さんが言うように,自分を信じる力を持つこと.第二に,過去や現在の自分を脱皮して新しい自分に生まれ変わる力を持つことです.この二つとも猿橋さんは持っています.
この小説は,一人の先駆的な女性科学者の姿を描き出しています.その人生や業績は仰ぎ見るほど偉大なものです.でも,活字を追って一人の女性の生き方を追体験することで,まるで猿橋さんと共に人生を歩んでいるような感覚を得られます.それは私たちにとって生き方の指針となりますし,日常や仕事を振り返る契機にもなるでしょう.
伝記はその人の陽の部分(輝かしい部分)のみならず,陰の部分も照らし出しています.猿橋さんはスーパーウーマンではありません.猿橋さんにも当たり前ですが,長所も短所もありますし,その人生の間には,うまくいかなかったこともありますし,断念せざるを得なかったこともあります.
それをどのように克服したのか,どのように折り合いを付けてきたのか,それを読み取ることも伝記を手に取る価値だと思います.そうすれば,偉人を遠くから仰ぎ見るだけでなく,その生き方を身近に感じ,そこから学ぶことができるでしょう.
さらに,猿橋さんについて知りたい方には,以下の伝記や本人の文章を集めた本もありますので,併せて読むと一層理解が深まるでしょう.
伝記「猿橋勝子という生き方」(米沢富美子,岩波書店,2009年)は,上でも紹介しましたが,多くの資料に基づいて編まれた猿橋さんの伝記で,米沢さんの精魂込めながらも客観的な文章で猿橋さんの生き方を述べています.著者米沢富美子さんは猿橋賞の受賞者です.残念ですが,この本は絶版です.
また,「猿橋勝子(女性科学者の先駆者)」(清水洋美,汐文社,2021)もお勧めします.この本では,猿橋さんの業績に関する化学や物理がわかりやすく説明されていますので,中学生以上の人にお勧めします.猿橋さんの実験中の写真もいくつか載っていますので,より親しみを感じられるでしょう.
猿橋さんの文章は「学ぶこと生きること―女性として考える」(猿橋勝子,中公文庫,2023年)にまとめられています.その中身は,①女性として生きること,仕事を持つこと,②女性研究者として研究すること,③私の学んできたこと,④優れた女性の生活と意見,です.約270ページの本ですが,筆者はいくつもフセンを貼りながら読みました.猿橋さんの文章は,論理的で真っ直ぐに筋道が通っていますが,ちょっと硬い感じがあります.理科系の人の文章です.
興味を持たれた方は,これらも手を伸ばして見てください.
『この1冊で!』

全ての研究者・技術者・理系学生のために!
この一冊で研究報告書のテクニカルライティングが学べます。
・研究報告書の構成,体裁と内容について
・結果と考察の構造,重要な4要素,結果と考察の論理展開について
・結果と考察の書き方について
・報告書の表題,緒言(背景と目的),結論、実験などについて
・文の推敲に係り受け解析を使う方法について



