目次
1.はじめに
人は誰かに何かを伝えたくて文章を書きます.誰でも自分の書いた文章は相手(読み手)に100%理解してもらいたいと考えています.科学技術文(理系文)でも同じです.自分の言いたいことが間違いなく読み手に伝わってほしいと願っています.
ところが,読み手はしばしば理解できない文に出くわします.「書き手は何を言いたいのかな」と一生懸命考えてくれればよいのですが,「よくわからないな,書きなおし!」と戻されてしまうことも多いです.それではせっかく時間をかけて書いた努力が報われません.残念です.
読み手にわかってもらえないのは,主に(i)あいまいな記述があること,および(ii)書き手の判断があいまいなことによります.前者は,あいまいな文を書いているから文の意味(文意)を理解してもらえないのです.後者は書き手自身が結論を下していないか,結論を(意識的または無意識に)あいまいにしているのです.
後者については,ブログ「伝わるテクニカルライティング―あいまいに書いては伝わらない,断定的に書くコツ―」で述べました.
そこで,本稿は(i)のあいまいな記述をしない方法について述べます.
2.あいまいな文になる要因
あいまいな文になるのは,複数の意味に受け取られる文(多義文)が文章中にあるからです.多義文になる要因は以下の2つです.
①係り受けが複数ある文がある
文内に複数の係り受けが可能な語句があると,それがどこにかかるかによって文意が変わってしまいます.係り受けについては,ブログ「係り受け解析して科学技術文をブラッシュアップする(テクニカルライティング)」に述べましたので,そちらも参照してください.
②指示語の指示する対象がわからない文がある
代名詞(「これ」や「それ」)などの指示語が指示する対象がわからないと,文意を理解してもらえません.また,指示対象を間違えると,文意が変わってしまいます.理系文における代名詞(「これ」,「それ」)の特徴と使い方については,ブログ「科学技術文(理系文)における代名詞「これ」と「それ」のテクニカルライティング」で述べましたので,そちらも参照願います.
以下,それぞれについて説明します.
3.複数の係り受けがある
文中に複数の係り受けがあると文意がつかめなくなります.その例を例文1に示します.
われわれは,現行製品より改良された低コストで低電力のデバイスを開発した.
この文は,1つの修飾語に対して4つの被修飾語が考えられます.つまり,「改良された」は,次に示すように4つの言葉を修飾できます.それぞれの係り方で文意が異なります.これでは読み手は文意を容易に理解できません.
Aの係り方
文全体の係り受けを例文2に示します.
「われわれは」は主語で,述語「開発した」に係ります.「現行製品より」は「改良された」に係り,「改良された」は「低製造コストで」に係ります.「低製造コスト」は「低電力のデバイスを」に係り,これは「開発した」に係ります.
修飾語と被修飾語はできるだけ近づけるのが,わかりやすい文章作成のルールです.両者の関係が容易に理解できるからです.なので,この係り方は素直です.「改良された」のは「製造コスト」でそれが低くなったことがわかります.元々低電力消費型のデバイスが,さらに低製造コストで製造できるようになったと解釈されます.
Bの係り方
文全体の係り受けは例文3のとおりです.
この係り方だと,改良されたのは「製造コストと電力消費」です.なので,改良品は,現行製品より製造コストと電力消費が小さくなりました.
Cの係り方
文全体の係り受けを例文4に示します.
このケースでは,改良されたのは「電力」です.つまり,元々低い製造コストで製造されていたデバイスに,さらに低電力消費の機能を付加させたのです.
Dの係り方
文全体の係り受けを例文5に示します.
この場合だと,「改良された」のは「デバイス」の何かです.それはこの文では記されていませんが,前後の文に書かれているかもしれません.「低製造コストと低電力」はすでにこのデバイスの特徴と理解されます.
このように修飾語「改良された」に対して4つの被修飾語があり得ます.これでは読み手は文意を把握できません.係り受けのルール(修飾語と被修飾語はできるだけ近づける)を適用すると,最も合理的なのはAまたはBの係り方です.それでも,この2つのどちらなのかは読み手を惑わせますし,もし,書き手がCやDのつもりで書いていたのなら,読み手には解けないクイズのように思われるでしょう.
この文の問題点は,修飾語「改良された」の後ろに被修飾語となり得る語句を3つ置いていることです.文を書くとき,修飾語に対して被修飾語になり得るものをできるだけ少なくするように工夫して文を書くと,このようなトラブルは避けられます.つまり,デバイスの何を改良したのかを,例文1のように言葉を順番に書くのではなく,別の書き方で書くとよいです.
改良したのが製造コストなら例文6のような書き方があります.現行デバイスをデバイスAMPとし,改良品をデバイスAMP改とします.
われわれは,デバイスAMPの低電力消費を保持しながら,製造コストを改良したデバイスAMP改を開発した.
改良したのが製造コストと電力消費の2つなら,例文7のような書き方があります.
われわれは,製造コストと電力消費が現行製品より改良されたデバイスAMP改を開発した.
4.指示語の指示対象がわからない
指示語の指示対象がわからないと,文意がとれなくなります.指示語は代名詞(これ,それ)や先行する語句や文(文中で前にある語句や文)を指し示す言葉です.前者の例は文例8の「それは」で,後者の例は文例11の「本合成法」です.なお,理系文では「あれ」が使われる例は見つかりませんので,本稿では取り上げません.
文例を示して説明します.
3種のセンサー(A,BおよびC)とデータ処理α法によりドローンKPTの位置を精度よく制御する方法が,新たに開発研究所から提案された.また,センサーを2種(DおよびE)としデータ処理β法を用いることによっても,精度はやや劣るがドローンKPTの位置を制御できることも開発研究所からすでに報告されている.それは,今後わずか数ヶ月で実用レベルに到達できると考えられる.
「それ」は先行する語句や文を指す代名詞で,一般的には少し離れた語句や文を指します.理系文では直前の語句や文を指すこともあります.そのときは,指し示す対象を客観的に述べたいか,または対象に読み手の注意を喚起したいのです.注意喚起するケースでは「今こそ」や「べき」など強調する言葉がおかれることもあります.
さて,例文8の最終文の「それ」が指すものは,第一文に書かれた方法か,または第二文の方法のどちらかです.しかし,この文章だと読み手は判定できません.第一文の方法が素直にも思えます.しかし,第二文には「今後わずか」と強調する言葉がありますので,第二文の方法かもしれません.本当のことは書き手に聞いてみないとわかりません.
その要因は,「それは」を使ったことと,技術開発のスピードを最終文で記したことです.「それは」が第一文の方法を指すなら,文の位置を変えて,第一文に続けて「それは,今後・・・」または「この方法は,今後・・・」を書くとよいです.そうすると,第二文の方法がいつ実用レベルになるのか読み手は興味を示しますので,それを付け加えると読み手が納得できる文章になります.改訂例を例文9に示します.
3種のセンサー(A,BおよびC)とデータ処理α法によりドローンKPTの位置を精度よく制御する方法が,新たに開発研究所から提案された.それは,今後わずか数ヶ月で実用レベルに到達できると考えられる.また,センサーを2種(DおよびE)としデータ処理β法を用いることによっても,精度はやや劣るがドローンKPTの位置を制御できることも開発研究所からすでに報告されている.この方法も数ヶ月の開発期間で実用レベルに達すると考えられる.
例文8で,文の位置を変えないで第三文を「最初の方法は,今後・・・」とすることもできますが,これだと話が元に戻るので,読み手の頭が混乱します.わかりやすい文の書き方ではありません.
一方,「それは」が第二文の方法を指すなら,「この方法は」として直前のものを指すことを明らかにします.そうすると,第一文の方法が実用レベルに達するのはいつなのか,読み手は知りたいと思います.なので,第一文に続けて実用レベルに到達する予定の日にちを追加すると,両者の技術開発のスピードが読み手にわかりやすくなります.改訂例を例文10に示します.
3種のセンサー(A,BおよびC)とデータ処理α法によりドローンKPTの位置を精度よく制御する方法が,新たに開発研究所から提案された.それは,今後数ヶ月の開発期間で実用レベルに達すると考えられる.また,センサーを2種(DおよびE)としデータ処理β法を用いることによっても,精度はやや劣るがドローンKPTの位置を制御できることも開発研究所からすでに報告されている.この方法も今後数ヶ月で実用レベルに到達すると考えられる.
指示語があいまいな例文を示しましょう.
オートクレープという高圧反応器を用いて,高圧下で原材料AとBを溶媒X中で反応させ,新規構造の生成物αの合成に成功した.本合成法を構造の異なる原材料SとRの反応でも用いて生成物βを合成した.本合成法により良好な収率で生成物を得た.
第二文の「本合成法」(下線を引いてありません)は,前文の生成物αを合成した方法です.ところが,第三文の「本合成法」(二重下線を引いてあります)が指すものはわかりません.その理由は「本合成法」という同じ言葉を第二文と第三文で使ったからです.第三文の「本合成法」の解釈は3とおりあります.第一は第一文の生成物αを合成した方法です.第二は生成物βの合成法です.この場合は生成物αの収率はおそらく低いでしょう.第三は生成物αとβの2種類の合成法です.そのどれかをこの文章だけで決めることはできません.
第一の解釈なら,第三文を改訂して第一文の後ろに移動します.生成物αが良好な収率で得られたことが素直に理解できます.ただし,生成物βの収率も記さないと読み手は納得できないでしょう.それも加えた改訂例を例文12に示します.
オートクレープという高圧反応器を用いて,高圧下で原材料AとBを溶媒X中で反応させ,新規構造の生成物αの合成に成功した.本合成法により生成物αを良好な収率で得た.また,本合成法を構造の異なる原材料SとRの反応でも用いて,生成物βを良好な収率で合成した.
第二の解釈なら,第三文を改訂しますが,生成物αの収率(おそらく低い)も記さないと読み手の理解を得られません.改訂例を例文13に示します.
オートクレープという高圧反応器を用いて,高圧下で原材料AとBを溶媒X中で反応させ,新規構造の生成物αの合成に成功したが,収率は低かった.一方,本合成法を構造の異なる原材料SとRの反応でも用いたところ,良好な収率で生成物βが得られた.
さて,第三の解釈だと,第三文を例文14のように改訂するとわかりやすくなります.
オートクレープという高圧反応器を用いて,高圧下で原材料AとBを溶媒X中で反応させ,新規構造の生成物αの合成に成功した.また,本合成法を構造の異なる原材料SとRの反応でも用いて生成物βを合成した.その結果,良好な収率で生成物αおよびβを得た.
このように改訂すると,読み手は書き手の言いたいことを理解し,誤解もなくなります.
5.まとめ
1)読み手が文意を理解できない文章があります.これでは書き手の言いたいことが伝わりません.なぜそうなるのか.
その要因は,主に(i)あいまいな記述があること,および(ii)書き手の判断があいまいなことによります.(ii)はブログ「伝わるテクニカルライティング―あいまいに書いては伝わらない,断定的に書くコツ―」で述べました.
本稿は(i)のあいまいな記述をしない方法について述べます.
2)あいまいな文になるのは,複数の意味に受け取られる文(多義文)があるからです.
多義文になる要因は以下の2つです.
①係り受けが複数ある文がある
文内に複数の係り受けが可能な語句があると,それがどこにかかるかによって文意が変わります.
②指示語の指示する対象がわからない文がある
代名詞(「これ」や「それ」)などの指示語が指示する対象がわからないと,文意を理解してもらえませんし,指示対象を間違えると,文意が変わります.
3)上の①と②について,例文を示し,その改訂法を述べました.
以上
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