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伝わるテクニカルライティング 『あいまいに書いては伝わらない,断定的に書くコツ』

目次

1.はじめに

科学技術者の書く文章は研究報告書だけではありません.
日常業務で様々なビジネス文章を書きます.
たとえば,情報伝達,会議招請状,業務事項の問い合わせ・その回答などです.

これらの文書は,伝えたいことを正確に過不足なく書くことが要求されます.
そのために,項目を立てて書くのが基本です.
箇条書きにするのもよいです.

さらに,簡潔である,わかりやすい,読み手への敬意を込める,ことも大事です.

事実,文化庁の「国語に関する世論調査」(2016年) によると,
「報告書やレポートを書くときに重視すること」は,「情報を正確に伝えること」が50.5%,
「情報をわかりやすく伝えること」が33.3%と報告されています.

上の事項を達成する方法はいくつかあります.
その中でも「あいまい表現をしないで,できるだけ断定的に書く」ことが大事と,筆者は考えます.

たとえば,読み手に依頼することがあるなら,それを明確に書きます.
ただし,礼儀を尽くします.書き手の主張があるならそれを明瞭に書きます.
相手の判断を求めているならそれを明示します.

何となくほのめかしたり,察してもらう書き方は研究報告書やビジネス文書ではNGです.

2.あいまい表現をする理由

上で断定的に書くべきと言いましたが,それは難しいです.
私たち日本人の日常生活では「あいまい」が多いからです.

私たちは日常生活で他人とつながり仲良くし暮らしたいと願っています.
だから,断定的な言い方は避け,あいまい表現を好みます.
最近では「わたし的には」,「~みたいな」,「~ていうか」「~とか」と,新しいあいまい表現も出てきました.

データを示しましょう.
上で述べた文化庁の「国語に関する世論調査」(2016年)に,いくつかの言葉の使用頻度が載っています.

その中に「『わたしそう思います』を『わたし的にはそう思います』と言う言い方をするか」の調査結果がありました.

この言い方をする人の頻度(%)を,調査の年別(1999年,2003年と2014年)および年齢別(20歳代,30歳代,40歳代と50歳代)に分けて図に示します.

「わたし的に」は1999年では使用頻度が低く,最も多く使う20歳代でも19%であまり使われていません.
最近になるに伴い特に20歳代と30歳代の使用頻度は高くなり,2014年ではそれぞれ47%と38%です.

それに対して40歳代や50歳代の人たちはあまり使いません.
それはこの言い方が新しいからです.
新しいあいまい表現は,若い人たちに多く使われていることがわかります.

本稿の目的から離れますが,このデータは若い人は中年世代の人がいるところでは,
「わたし的」は使わない方が無難であることを示します.


1 平成28年「国語に関する世論調査」の結果の概要(文化庁)
文化庁ホームページURL:http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/2017092102.html

 

話を戻します.
私たちはあいまい表現に加えて,察する文化で暮らしてきましたから,
あいまいに言ったりほのめかしたりしても,言いたいことは伝わります.

また,職場では上司や幹部に判断をまかせることも多いです.
判断を回避する言い方(判断したくない,判断できないもあると思います)をしがちです.
顔を合わせて話しをしているときは,口調や顔の表情で言いたいことはこれかなと,察してもらえるかもしれません.

しかし,文章は文字が並んでいるだけで,口調も顔も見えません.
ほのめかした書き方ややんわりとした文章は,なかなか察してもらえません.

だから,文章はできるだけ断定的な表現にするとよいです.
ここで「できるだけ」と書いたのは,職場の人間関係や上司・顧客との関係で,
相手が自ら判断したと思ってもらうために,やんわりと書く方がよい場合もあるからです.

3.あいまい表現と改訂例

私たちが書いてしまうあいまい表現の例を示します.次にその改訂例を記します.

・第1例

 ある製品開発における市場調査です.事業部の企画課員が開発品RYZの販売価格とシェアについて市場調査を行いました.その結果を企画課長へ報告します.

文例1 悪い例
 開発課が開発しているRYZの市場調査を行った.販売価格とシェア予測は以下のとおりである.すなわち,販売価格は25,000円/kgのケースでは,シェアは取れそうな予測もありうるだろう.また,20,000円/kgだとさらに取れるかもしれないが,市場に出してみるとわかるだろう.

解説
このようなあいまいな書き方では,課長は販売価格と予想シェアを提案できません.そもそも有効な調査をしていないと判断されてしまいます.シェアを見込めるデータが得られているなら,それを明記します.誤差があるようなら予測数値を一定の範囲におきます.

文例1 改訂例
 開発課が開発しているRYZの市場調査を行った.販売価格とシェア予測は以下のとおりである.すなわち,販売価格は25,000円/kgのケースでは,シェア15~20%と予測される.また,20,000円/kgだと,シェアは大きくなり30%程度になると予測される.

解説
 市場調査によるシェアは予測ですから,ある範囲の提示やおおよその値の提示になります.調査から浮かび上がった数値を示すことが,調査担当者の務めですし,それが大事です.上の改訂例のように,シェア予測値を示すと,書き手の主張が明確になります.課長は判断しやすくなります.
なお,ここでは記されていませんが,予測の根拠になる資料を提示し,その数値を導くプロセスも書いておきます.数値の確実性がわかるからです.

・第2例

 ある製品開発における開発担当者の報告書です.性能(AAAとします)を改良中です.いま出発物質AとBを50℃/2時間反応させ試作品RYZ-3を作製し,そのAAAの性能評価を行ったとします.それは10 degree(性能AAAの数値データとします)であったとします.この数値は,目標スペック15 degreeに対して未達であり,まだ技術開発が必要なレベルに留まっています.それを開発課長に報告する文章です.

文例2 悪い例
 試作品RYZ-3の性能(AAA)評価の結果,10 degreeという値が得られた.今後開発計画にそって引き続き開発を継続していきたい.

解説
 一見断定的に書かれているようですが,内容はあいまいです.あいまい表現はこのように言葉があいまいではなく,中身があいまいなものもあります.
10 degreeという値は目標スペックに対してどの位置にあるのか明記されていません.そんなことは読めばわかるだろう,というのは言い訳にすぎません.目標に対して2/3のレベルでありスペック未達であるという自分の判断を示すべきです.次に,今後何をどのように改良するのか,具体的に開発計画を書くべきです.
 なぜこのようなあいまい表現になるのでしょうか.多くの場合は,書き手がデータについて十分に考察していないか,考察したことを書きたくないか,のどちらかでしょう.前者ならキチンと考察すべきです.後者の場合は,考察内容に自信がないかもしれませんし,上司の許可を得ていないことは書きにくいかもしれません.自信がないなら同僚や上司と相談します.許可を得るべきと考えるなら,事前に上司に相談するとよいです.
 相談することは技術開発での議論という観点からも大事です.書き手(研究担当者)の提案する意見は開発における仮説です.科学技術研究では仮説は研究を発展させる原動力ですから,多くの仮説が出されるほど研究はより進捗します.上司や同僚は歓迎して善意の意見を述べるでしょう.仮説は一度提出したらそれに固執するものではありません.関係者が集まって,違う目で異なる意見を出し,大いに議論し,仮説を修正したり新しい仮説を一緒に考えるとよいです.そのようにして得られた仮説(意見)だと,書き手も自信を持って報告書を書けるでしょう.

文例2 改訂例
試作品RYZ-3の性能(AAA)は10 degreeであり,目標スペック(15 degree)に対して2/3のレベルであり未達である.今後1ヶ月で以下の改良研究を行い,スペック達成を目指す.
・試料作製条件の検討(1) 反応条件を現行の50℃/2時間から変更し,60℃,70℃および80℃とし,反応時間を3時間と5時間で検討する.
・試料作製条件の検討(2) 出発物質AとBの比率を,反応条件は現行として,A:B=1:1(現行)をA:B=1:1.5および1:2として検討する.

解説
 最初の文章と違い,現状の認識を述べ,対策を期限と共に具体的に書いてあります.このように書くと,書き手も上司も満足できます.

4.判断に関する表現はあいまいになりやすい

判断に関する文は冗長になりやすいです.

「~との判断も可能であると考えられる」のように,
判断に関する言葉を複数つなげるのはNGです.

このような文は書き手の責任逃れで判断を避けているから,
研究報告書やビジネス文書では使用しません.

判断の強さ,つまり書かれていることが真理であることの確信度は,
枠内の順序と筆者は考えます.

これらの中から書き手の確信度に応じて言葉を選ぶとよいです.
一般的には「~と考えられる」を使います.

その他「~と判断される」,「~であろう」,「~と思われる」も使用例があります.

なお,判断に関する言葉の前に長い語句がある場合は,
「~,と考えられる」のように書いてもよいです.

語句が短ければ「~と考えられる」と書きます.

これらの文例を示します.

文例
 試作品RYZ-5の性能(AAA)は18 degreeであり,目標スペック(15 degree)以上であることがわかった.

 試作品RYZ-5の性能改良は反応温度の高温化(50℃→80℃)によると考えられる.

 このデータによりさらに性能が改良されることが示唆される.

 地球温暖化は産業革命以降の産業活動や日常生活により大量の二酸化炭素が排出されてことによる,と考えられる.

 地球温暖化は大気中の二酸化炭素の増加によると考えられる.

解説
 第1文は性能(AAA)の数値データとスペックとの比較から結論が明確です.「わかった」が適切です.書き手が結論に確信を持っていることを示します.

 第2文は要因について書き手の判断を示します.「考える」は,書き手はこの文で正しいと認識していますが,若干の疑問点があるかもしれないとも考えていることも示します.

 第3文はデータから書き手が推測したことで,確実な根拠がないか乏しい場合に用います.

 第4文に示すように,「考えられる」ことが長いと,「~ことによる,と考えられる」とします.
 
 第5文のように,「考えられる」ことが短かい場合は「~ことによると考えられる」とします.

5.断定的に書くにはどうするか

断定的に書く方法は以下のとおりです.

①書き手の判断を明確にします.

断定的に書けない理由の1つは,
書き手が書く内容について自分自身の考え方が固まっていないことです.

たとえば,上の第2例では,スペック未達であることを自覚し,
スペック達成のための改良項目とその中身を考えます.

自分だけでは確信が持てないなら,上述のように同僚,先輩や上司に相談するとよいです.

相談は書き手(科学技術者)にとって大事なことです.



②日常生活の感覚から離れます.

「いまから報告書を書く,それは論理的に科学的に書くのだ,断定的に書くことだ」,と自分自身に言い聞かせて,書き始めるとよいです.

6.まとめ

1)研究報告書やビジネス文書は,正確に過不足なく書くことが求められます.それを満足させる事項はいくつかありますが,その中でも重要なのは「あいまい表現をしないで,できるだけ断定的に書く」ことです.

2)しかし,私たちにとって断定的に書くことは難しいです.それは私たちの日常は,あいまいに言って他人と波風立てないで仲良くしていたいし,察する文化で暮らしているからです.

3)私たちが書いてしまうあいまい表現の例を示し,それを解説し,改定例を示しました.

4)文書を書くとき,2)に述べたような日常感覚から離れて,「断定的に書く」と意識して書き始めることが肝要です.

以上


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