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言葉が変わるときはフェーズが変わるとき ―テクニカルライティングの言葉―

目次

1.言葉は変わらない,変わる

ある事象や概念にはそれを表す言葉があります.

たとえば,私たちが日常炊いて食べている粒状穀物を「米」と言いますし,
新しい知識・技能を身に付けることを「学習」と言います.

私たちはこのような言葉を聞いたり読んだりすると,
対応する事象や概念を思い浮かべます.

「春」と聞くと桜が満開の景色を思う人も多いでしょう.
私たちは言葉を使って事象や概念を理解しますし,
言葉を使って考えたり,自分の考えを人に伝えたり,議論します.

科学技術でも同様です.

科学技術の事象や概念を表す言葉を使って,
科学と技術の世界を理解し,それについて思考します.
そのときいつも同じ言葉を使うことが多いです.

私たちが住む惑星を「地球」と言い,離れた物体が互いに引き合う力を「引力」と言います.
地球や引力を書いたり考えるとき,「地球」や「引力」という言葉を使います.
その言葉は通常は変わりません.

しかし,言葉が変わるときがあります.
言葉が変化するとき,その言葉に関するフェーズ(状況)が変わったことを示します.
以下に例をあげましょう.

2.「地球温暖化」から「気候クライシス」へ

 最近(2020年初頭現在)「気候クライシス」,「気候危機」や
「climate crisis」という言葉が現れています.

日本語「気候クライシス」の初出は
岩波書店の雑誌「世界」2019年12月の特集「気候クライシス」です.

「気候危機」という言葉は2019年には使われていたようですし,
「気候危機」(岩波書店)という書名の本も出版されました(2020年1月8日).
「climate crisis」という言葉は,一般的には2019年に使われ始めたようです.

近年の気候変化は,これまで「地球温暖化(global warming)」や
「気候変動(climate change)」という言葉で表わされました.

ちなみに気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のレポートでは,私が確認した限りでは,
global warming,climate change,changes and impacts,changes and risks
という言葉が使われています.

「地球温暖化」という言葉は,何となく牧歌的で地球がほんわか暖かくなるという
感覚が含まれているように,私は感じます.

平均気温1℃アップと言われても,ピンと来ないかもしれません.
これでは気候変動による環境変化が大きいと警告を発しても,
言葉の持つニュアンスが邪魔をするかもしれません.

それに対して「気候クライシス」,「気候危機」や「climate crisis」だと,
気候変動により地球が危機的状況にあることがよりわかりやすくなります
(「クライシス」がまだ日本語として馴染みが薄いことを差し置いても).

IPCCは2019年に「海洋と雪氷圏の気候変動に関する特別報告書
(Special Report on the Ocean and Cryosphere in a Changing Climate)」を発表して,
今後気候変動により海洋と雪氷圏への影響が大きくなると警鐘を鳴らしています.

なお,このレポートの詳細は環境省ホームページ
(URL:https://www.env.go.jp/press/107242.html)や
IPCCのホームページ(https://www.ipcc.ch/srocc/)にあります.

上の例は言葉が変わるとき,それに関する状況が変わることを示します.

確かに,2019年は世界的に見ても異常気象による災害が頻発しました.
これまでとは状況が大きく変わったことが明確になったのです.

従来と違う言葉が現れたときは,何が変わったのか,
今後どのように変わっていくのかを注視し,それについて考えることが必要です.

3.“super-cool materials”の提案

もう1つ例をあげます.

イギリスの科学論文誌Natureに“super-cool materials”
という言葉が提案されています
(Lim, X. Z., Nature, 577, 18-20 (2020)).

“super-cool materials”は,アルミニウム板などの部材上に設置して
部材内部の温度を外部より10℃以上低下させる材料,と定義されています.

概念図を下図に示します.

たとえば,建物の外壁や自動車のボディに
この材料を塗布して塗膜とすることが考えられます.

2019年に報告された2つの論文
(Zhou, L. et al., Nature Sustain., 2, 718–724 (2019)およびLeroy, A. et al., Sci. Adv., 5, eeat9480 (2019))
が,このような材料について報告しており,
その設置により外部よりそれぞれ11℃と13℃低下したと報告しています.

このような低温化は従来は実現されていませんでした.
それを受けて,“super cool materials”を提案したと考えられます.

気候クライシスが深刻になっているいま,
この材料の応用研究が活発化することをNatureは期待しているのかもしれません.

将来,“super cool materials”が建物や自動車に施工されるなら,
その室内は外部より低温化できるでしょう.

そうすれば,空調の電気エネルギーを削減して快適な環境を得ることができます.
気候クライシスに打ち勝つ技術になるでしょう.

言葉が変わるとき,これまでにない新しい状況が生まれていることがわかります.

4.まとめ

言葉が変わるときはフェーズが変わるときです.

従来とは異なる言葉が現れるとき,これまでにない新しい状況が生まれていることを示しています.

その言葉を見つけたら,何が変わったのか,今後どのように変わっていくのかを注視し,
それについて考えることが必要です.


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