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データとエビデンスのテクニカルライティング(1) ―データとエビデンスを使って論理的・科学的に書く方法―

目次

1.はじめに

1)科学技術文はデータとエビデンスを使う

科学技術文は,一般的にデータとエビデンスを使って論理的・科学的に書かれています.
データとエビデンスに基づいた考察のプロセスが書かれていると言ってもよいです.

科学技術者はある目的を達成するため,実験や観察をします.データを得ます.
そのデータとエビデンスに基づいて,論理的・科学的に考察し,結論を得ているからです.

たとえば,当社製品のメリットを提案するには,候補となる性能を求めます.
データです.
対応する他社製品の性能を得ます.
エビデンスです.
両者を使って論理的・科学的に考察しメリットを導き出します.

データは考察したいことの具体的事実で,
実験・観測データなどの数値データや文章による言語データです.
書き手が自分で取得しないデータも含まれます.

エビデンスは考察したいことに関する事実や法則など考察の証拠や根拠です.
それらに基づいて考察して,結論を得ます.

データとエビデンスを使って考察するプロセスを,
一定の体裁に従って順序立てて書いていけば科学技術文ができあがります.

2)データとエビデンスを使ってうまく書けない理由

しかし,なかなかうまく書けません.
書き手自身が納得できる出来栄えでなかったり,
読み手が理解しにくいときもあります.難しいのです.

その要因は3つあります.

(i)データとエビデンスを使った考察を,一定の体裁に従って順序立てて説明することに慣れていない.

(ii)エビデンスの明示とそれに基づく考察を書くことが,私たち日本人には馴染みにくい.

(iii)論理的・科学的に考察することに慣れていない.

 
データとエビデンスに基づいた科学技術文は,一定の体裁を持っています.
その体裁を知り,それに従って順序立てて書いていけば,
論理的・科学的で納得力のある文章になります.

体裁に従うことは一定のパターンで書くと言ってもよいです.
書くことが得意になる第一歩は,体裁に従って順序立てて書くことです.

でも,体裁と順序立てて書くことに慣れていないと,なかなかうまく書けません.

エビデンスの明示とそれに基づく考察の記述が日本人には馴染みにくいのは,
私たちの文化に拠るのです.

私たちは察する文化の中で暮らしています.
全部を言わなくても周りはあなたの言いたいことを察してくれます.
やさしい文化なのです.

でも,これを科学技術文作成に持ち込むと,
エビデンスを示さなかったりそれに基づく考察を書かなくなってしまうのです.
それでは読み手は納得できません.

論理的・科学的に考察することに慣れていないと,そのプロセスを書くことは難しいです.
それについては,
「論理的に考える(1)―論理ツール①(基本論理語)とは―」

「論理的に考える―論理ツール②(言葉を用いた論理プロセス)とは―」
に述べました.
なので,ここでは割愛します.そちらをご参照願います.

3)データとエビデンスを使って論理的・科学的に書くために

上述したとおり,データとエビデンスを使った科学技術文は,一定の体裁を持っています.
本稿はその体裁を示し,それに則って順序立てて書く方法を述べます.

体裁を理解し(できればそれを執筆する場所に貼りだして),
それに従い順序立てて書くことを意識して行えば,
データとエビデンスをうまく使いこなした科学技術文が書けます.

2.データとエビデンスを使った科学技術文の体裁

データとエビデンスを使った科学技術文の体裁は以下のとおりです.

①文章の目的と概要を簡潔に述べる
②データはどこにあるのか,を記す
③データが示していることと,データからわかったことを述べる
④エビデンスを示して考察(議論)する
⑤結論を書く

①文章の目的と内容の概要を簡潔に述べる

文章の目的,つまり何を伝えたくてこの文章を書いているのか,を記します.
ついで文章の概要を簡潔に述べます.
読み手は文の流れを予測できスムーズに文章に入っていけます.

②データはどこにあるのか,を記す

データは多くの場合,図や表としてまとめられているでしょう.
そのときは,データを図や表にまとめたことを記します.

たとえば「データを表1および2にまとめ,図1に示す」や「データを表にまとめ図に示す」と書きます.
データが図表で示されないときは,ここは割愛します.

③データが示していることと,データからわかったことを述べる

データが図表で示されているときは,図表に何が示されているかを記し,
データを説明したり,データの変化を書きます.

ついで,データからわかったことを述べます.
データが図表になっていないときは,データを順番に書き,データからわかったことを述べます.

④エビデンスを示して考察(議論)する

データの意味や要因などを考察(議論)するのに必要なエビデンスを示します.
エビデンスは文章,図や表にまとめます.

エビデンスには原則として引用文献番号を付けて引用元を明記します.
エビデンスが示していることを一つひとつ述べ,
それに基づいて,データの意味などを考察(議論)します.

このとき,論理ツールを使って論理的・科学的に考察します.
論理ツールについては
「論理的に考える(1)―論理ツール①(基本論理語)とは―」

「論理的に考える―論理ツール②(言葉を用いた論理プロセス)とは―」
をご参照願います.

エビデンスの情報源を明記するのは,それが他の人(機関)のものであり,
オリジナリティはその人(機関)に属することを明確に示し,
その人(機関)への敬意をも示すためです.

また,エビデンスは書き手の恣意的なものではなく,
信頼の置ける情報源から得られていることを示すためでもあります.

逆に言えば,確かな情報源からのエビデンスでなければ,考察には用いられません.

ただし,関係者にとって一般的知識であるものは一般的事実として記述します.
このときは情報源を引用しません.
関係者すべてが知っていることだからです.

⑤結論を書く

以上の考察から導き出された結論を記します.
箇条書きにするとよりわかりやすくなり,読み手が理解しやすくなります.

以下に文例を示して,説明を続けます.

3.文例

1)事例

最近日本の夏が暑いと感じます.ここでは東京の夏を例にとって,それが以前より暑くなっているのかを,世界の気温と比較して考察します.東京の8月の平均気温をデータとして示し,世界の8月平均気温偏差をエビデンスとして考察します.

2)データ

上述のとおり,東京の8月平均気温の1890年から2018年までの変化を,
気象庁ホームページ(HP)から得てデータとし,図1にまとめました.
図1は4)項の文例中に示します.
気象庁HPのURL:URL:www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s3.php?prec_no=44&block_no=47662

3)エビデンス

世界の8月平均気温の1890年から2018年までの変化を,気象庁HPから得て,図2に示します.
図2も4)項の文例中に示します.
気象庁HPのURL:URL:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/aug_wld.html

4)項目別文例

上述の記述の順序に従い記します.項目ごとに文例を記し解説します.

①文章の目的と内容の概要を簡潔に述べる

文例
最近日本の夏が暑いと感じる.そこで東京の夏が以前より暑くなっているのかを,世界の気温と比較して考察する.東京の8月平均気温を取り上げ,それを世界の8月平均気温偏差と比較して検討する.

解説
文頭にこの文章の目的と文章の概要を記します.
こうすると読み手は文章全体に対する視点を持てるからです.

文章の目的は「日本の夏が以前より暑くなっているのかを,
世界の気温と比較して考察する」です.

目的を達成するため,この文章で考察することは「東京の8月平均気温を例として示し,
それを世界の8月平均気温と比較する」ことです.

これらが簡潔に記されています.

②データはどこにあるのか,を記す

文例
日本各地の1875年からの気温変化は気象庁HPに開示されている.そこから,東京の8月平均気温の変化(1890年~2018年)を取り出して図1に示す1).図には一次近似線と近似式をあわせて示す.

文献
1) 気象庁HP URL:URL:www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s3.php?prec_no=44&block_no=47662

解説
この文例では気象庁HPからデータを得て,
それを図にまとめました.

なので,その旨を記して出典も記しています.

データはいわゆる生データをそのまま書くのではなく,必ず図や表にまとめます.

個々のデータ数値を明示したいときやデータの構成が複雑なときは表にまとめます.
データの変化を示したい場合は図に示します.
データの変化を示すことは重要ですから,多くの場合,データは図にまとめるとよいです.

図は折れ線グラフ,散布図や棒グラフなどの種類がありますが,
そのデータを表すのに適切なものを使います.

一つひとつのデータ変化を示したいなら折れ線グラフか棒グラフ,データ全体の変化を示したいなら散布図とし,それに近似線を加えます.

この文例ではデータそのものとその変化を示したいので,折れ線グラフとします.

あわせて,データ全体の傾向も示したいので一次近似線を引き近似式も示しました.

データの引用元を文献番号(肩付き)で示し,文献項目を設けてそこに引用元の詳細を記します.

③データが示していることと,データからわかったことを述べる

文例
1890年からの東京の8月平均気温は,高い年も低い年もあり年ごとに変化はある.しかし,一次近似線は,気温は上昇傾向にあることを示す.近似式の傾きは正であるから,ここ100年で平均気温は上昇したと考えられる.この結果より東京の8月平均気温は1890年から上昇傾向にあり,確かに以前より高い傾向にあることがわかった.

解説
データが示していることを述べます.
8月平均気温は年ごとに高かったり低かったりしますが,
一次近似線を引くと傾きが正であるから上昇傾向にあることがわかります.

データからわかったこと,
「東京の8月平均気温は1890年から上昇傾向にあり,確かに以前より高い傾向にあること」
が明記されています.

④エビデンスを示して考察(議論)する

文例
上のデータを世界の気温変化と比較する.世界の平均気温偏差は気象庁HPに掲載されている.その中から1890年から2018年までの8月平均気温偏差を,図2に示す2).図中の細線(黒)は各年の平均気温の基準値からの偏差を,太線(青)は偏差の5年移動平均値を,直線(赤)は長期変化傾向を示す.基準値は1981〜2010年の30年平均値である.

世界の8月平均気温の基準値からの偏差は,東京のそれと同様に,年ごとに高い年や低い年もある.しかし,長期傾向(赤線)は上昇傾向を示しており,偏差は100年で0.68℃上昇している.

東京と世界のデータを比較すると,両者とも8月平均気温の上昇傾向は同様であることを示している.

文献
2)気象庁HP URL:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/aug_wld.html

解説
エビデンスは,1890年~2018年の世界の8月平均気温偏差です.

図中に描かれているもの(シンボルや線など)は必ず説明を付けます.
この資料も気象庁HPに掲載されているので,そこから引用しました.

データもエビデンスも比較する期間(1890年~2018年)を一致させているから,比較しやすいです.

ただし,東京のデータは平均気温ですが,世界のそれは平均気温偏差です.
両者のデータのまとめ方が異なっていますが,気温の変化は比較できます.

両者の1890年からの気温偏差は上昇しています.
エビデンスと上述のデータを比較すると,
両者とも上昇していることがわかったので,それを明記します.

このように,エビデンスは比較検討しやすいものを,信頼のおける情報源から取得します.

この文例で用いた2つの資料は関係者にとって一般知識ではありませんから,
情報源を明記しないと読み手にはその情報がどこから得られたのかわかりません.

なので,エビデンスに文献番号を付けて,文献欄に引用元を明記します.

⑤結論を書く

文例-1
したがって,結論は以下のとおりである.

東京の8月平均気温は以前より高くなっている.
それは世界的傾向と一致している.
東京だけが特異的に高くなったのではない.

文例-2
したがって,東京の8月平均気温は以前より高くなっており,それは世界的傾向と一致しており,東京だけが特異的に高くなったのではないことがわかった.

解説
得られた結論は,
(i)東京の8月平均気温は以前より高くなっている,
(ii)それは世界的傾向と一致している,
(iii)東京だけが特異的に高くなったのではない,です.

文例-1は結論を箇条書きで記し,文例-2は順番に記してあります.どちらの書き方でもよいですが,箇条書きができる場合は,こちらを薦めます.

5)文例(全文)

上の項目別文例をまとめて全文を以下に示します.表題も示します.文献は文末にまとめて示します.

東京の夏の気温変化

―東京の夏は以前より暑くなったのか―

  最近日本の夏が暑いと感じる.そこで東京の夏が以前より暑くなっているのかを,世界の気温と比較して考察する.東京の8月平均気温を取り上げ,それを世界の8月平均気温偏差と比較して検討する.

  日本各地の1875年からの気温変化は気象庁ホームページ(HP)に開示されている.そこから,東京の8月平均気温の変化(1890年~2018年)を取り出して図1に示す1).図には一次近似線と近似式をあわせて示す.

  1890年からの東京の8月平均気温は,高い年も低い年もあり年ごとに変化はある.しかし,一次近似線は,気温は上昇傾向にあることを示す.近似式の傾きは正であるから,ここ100年で平均気温は上昇したと考えられる.この結果より東京の8月平均気温は1890年から上昇傾向にあり,確かに以前より高い傾向にあることがわかった.
  上のデータを世界の気温変化と比較する.世界の平均気温偏差は気象庁HPに掲載されている.その中から1890年から2018年までの8月平均気温偏差を,図2に示す2).図中の細線(黒)は各年の平均気温の基準値からの偏差を,太線(青)は偏差の5年移動平均値を,直線(赤)は長期変化傾向を示す.基準値は1981〜2010年の30年平均値である.
  世界の8月平均気温の基準値からの偏差は,東京のそれと同様に,年ごとに高い年や低い年もある.しかし,長期傾向(赤線)は上昇傾向を示しており,偏差は100年で0.68℃上昇している.
  東京と世界のデータを比較すると,両者とも8月平均気温の上昇傾向は同様であることを示している.

したがって,結論は以下のとおりである.

東京の8月平均気温は以前より高くなっている.
それは世界的傾向と一致している.
東京だけが特異的に高くなったのではない.

文献
1)気象庁HP URL:www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s3.php?prec_no=44&block_no=47662
2)気象庁HP URL:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/aug_wld.html

4.まとめ

1)科学技術文はデータとエビデンスを使う

科学技術文はデータとエビデンスを使って論理的・科学的に書かれています.しかし,このような科学技術文を書くことは難しいです.それを克服する方法は,データとエビデンスを使う科学技術文の体裁を理解し,それに従い順序立てて書くことを意識して行うのです.

2)データとエビデンスを使った科学技術文の体裁

データとエビデンスを使った科学技術文の体裁は以下のとおりです.

①文章の目的と概要を簡潔に述べる
②データはどこにあるのか,を記す
③データが示していることと,データからわかったことを述べる
④エビデンスを示して考察(議論)する
⑤結論を書く

この体裁をあなたが文章を書く場所に貼りだして,それを確認しながら書きます.

3)文例

日本の夏が以前より暑くなってきたことを,東京の8月平均気温を例として取り上げ,それを世界の8月平均気温偏差と比較して検討しました.詳細は「3.文例」を参照してください.


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②日本語の構成と特徴を述べ,次いで理系文の構成と特徴を,日本語文のそれと比較しながら述べ,両者の違いがわかるように配慮してあります.

③科学技術文の構成と特徴を「理系文法」として体系化したので,科学技術文の書き方を体系的に困難なく習得することができます.

④科学技術者が書くさまざまなスタイルの文章(レポート・卒論・企業報告書など)を示し,書き方を具体的に解説しました.

いろいろなスタイルの文章に慣れ,それらを書くスキルを身につけることができます.
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