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助詞「は」を使いこなして説得力のある科学技術文を書く方法  ー「は」の特徴を活かすと論理的でわかりやすい文章になるー

目次

1.主語を示す助詞「は」は大事

科学技術文(理系文)では主語は大事です.科学技術者は何かある目的を持って,実験やシミュレーションを行い,ある結論を得ます.科学技術文はそれを読み手に伝えるために書かれます.何がどうした,何がなんだ,何がどんなだ,を明確に書かないと書き手の言いたいことが表現できません.「何が」は主語です.これを明示しないと話は始まりません.

どの言葉が主語であるかは,助詞「が」と「は」でわかります.それらが主語を示すからです.「名詞・代名詞+が」や「名詞・代名詞+は」と述語(「~である」など)があれば,私たちはほぼ無意識に「名詞・代名詞+が」や「名詞・代名詞+は」を主語と認識します.

ところで,「が」と「は」は機能が異なります.その使い方により文章の意味や後続文への効果が違ってしまいますし,文章全体への影響も大きいです.幸いなことに私たちはそれを通常はうまく使い分けており,その違いについて意識的に考えることはありません.

しかし,ときどき「が」と「は」の選択に困ることもあります.あるときは「は」を使ってわかりやすい文になることもあるし,「が」がシックリくることもあるでしょう.そんなとき,なぜ「は」を使い「が」を使わないか,問われてもうまく答えられません.「そう使うから」としか言えないでしょう.

「が」と「は」は上述のように主語を示す助詞ですが,役割が異なります.特に「は」は特徴的な機能を持ち,文章の論旨を決めたり強調する力があります.「は」の機能を文法の観点からよく理解して,意識して使いこなすと,私たちはこれまで以上に説得力のある論理的でわかりやすい理系文を書くことができます.

そこで,本稿は助詞「は」に焦点を当てて,「は」の機能と使い方について述べます.

なお,「が」と「は」の使い方については,すでにブログ「助詞『が』と『は』は役割が違う―テクニカルライティングの言葉」やブログ「主題文は簡潔で印象深い―テクニカルライティングの言葉――」で述べました.これらもあわせて読んでいただければ,さらに「は」と「が」の理解が進むと思います.参照願います.

2.「が」と「は」の違い

「が」と「は」の使い方が違うことを確認するため,例文1を読んでみましょう.「が」が3個,「は」は6個あります.いずれも適切に使われており,私たちはこの文章の意味を素直に理解できます.なお,説明の都合上「が」と「は」に指標((a),(b)・・)を付けました.

例文1
地球温暖化は(a)温室効果ガスの大量排出により地球全体の平均気温が上昇する現象であり,いまやその抑制が(b)強く求められている.それを実現するため,2050年に温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする,すなわち2050年カーボンニュートラルが(c)提唱されている.代表的な温室効果ガスは(d)二酸化炭素である.その主な発生源は(e)化石燃料(石炭,石油)の燃焼を用いた発電である.カーボンニュートラルを実現する方法の1つは(f),化石燃料による発電から再生可能エネルギー(再エネ)を用いた発電へ変革することである.現状はどうだろうか.経済産業省のレポート1)によれば,2017年の全発電電力量に対する再エネの比率は(g)8.1%である.この数値は(h)世界の全発電量に対する再エネの割合(26%,2018年)と比べても低い.カーボンニュートラルの実現には,ドラスティックな技術開発と社会実装をより強固に進めることが(i)必要だ.
文献
1)日本が抱えているエネルギー問題

URL:https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/shared/pdf/energy_in_japan_for_school_2.pdf

ではこの文章の「が」と「は」を「は」と「が」に変えてみましょう.例文2がそれです.

例文2
地球温暖化が(a)温室効果ガスの大量排出により地球全体の平均気温が上昇する現象であり,いまやその抑制は(b)強く求められている.それを実現するため,2050年に温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする,すなわち2050年カーボンニュートラルは(c)提唱されている.代表的な温室効果ガスが(d)二酸化炭素である.その主な発生源が(e)化石燃料(石炭,石油)の燃焼を用いた発電である.カーボンニュートラルを実現する方法の1つが(f),化石燃料による発電から再生可能エネルギー(再エネ)を用いた発電へ変革することである.現状はどうだろうか.経済産業省のレポート1)によれば,2017年の全発電電力量に対する再エネの比率が(g)8.1%である.この数値が(h)世界の全発電量に対する再エネの割合(26%,2018年)と比べても低い.カーボンニュートラルの実現には,ドラスティックな技術開発と社会実装をより強固に進めることは(i)必要だ.
文献
1)日本が抱えているエネルギー問題

URL:https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/shared/pdf/energy_in_japan_for_school_2.pdf

意味はなんとなく理解できますが,違和感を持ちギクシャクした感じで論理的な文章とも思えません.私たちはこのような文章を書かないでしょう.では,その違和感を論理的に説明してほしいと言われると困ります.上述したように,私たちは日本語文をあまり意識しないで書いています.「そのように書いているから」としか説明できません.

しかし,理系人の私たちが文章力を磨くベストの方法は,文章を書くルール(文法)を意識して理解し,実践することと考えます.今回取り上げるテーマに沿って言えば,以下で説明する助詞「は」と「が」の機能と特徴を理解することです.そうすると,例文2の違和感も納得できます.

まず,「が」の機能について述べ,次に本題の「は」の機能と特徴について説明します.

3.「が」の機能

「が」の基本的な機能は,読み手にとって未知の名詞・代名詞に付いて,それを主語にすることです.

例文1で,「その抑制」(b),「2050年カーボンニュートラル」(c)と「ドラスティックな技術開発と社会実装をより強固に進めること」(i)は,いずれもこの文章で初めて出てきましたので,読み手に取っては未知のものです.だからこれらに「が」が付くと,私たちは素直にこれらを初出の主語と認識し,それらについての新しい情報が提示されると思いながら文を読みます.

とは言っても,それを意識して読んでいるわけではありません.ほぼ無意識に認識しています.この「が」を「は」に変えるとこのような認識になりません.例文2がそれです.この文章では上の主語に何か特別なことが起こっているように感じて文を読みます.それが「は」の機能だからです.例文1とは違う読み方をし,別の意味にとらえようとするから,違和感を持つのです.

「が」のもう1つの機能は主語を強調することです.この場合はすでに文章に出てきた言葉(既知のこと)を指します.基本的な使い方と異なるので,強調する効果が現れます.例を示します.

 

例文3
試作品WPYが目標を大きく超えるデータを示した.それこそ我々が目指すレベルである.

「それ=目標を大きく超えるデータ」は既知であり,この言葉を強調します.「それこそは」とすると,客観的にそのデータのレベルを述べる文になり,文意が異なります.

この用法はあまり多く用いられません.手元にある学会機関誌の解説論文でその出現率を調べたところ,主語を示す「が」のうち6%が強調の「が」でした.なお,例文1にも2にもこの用法はありません.

ところで,例文2の「が」が付く主語はすべて違和感を抱きます.これらは「は」を使うべきです.その理由は次項で述べます.
 

4.「は」の機能

科学技術文(理系文)で用いられる助詞「は」の機能と特徴を表にまとめました.

「は」の機能は多いです.元々「は」は読み手にとって既知のことを,「他と区別して取り出していう意」(広辞苑第七版)を表します.これを「取り立て」ともいいます.それに明治時代の翻訳文における主語の表記(~は)が加わって,多彩な機能になったと考えられます(「6.」参照).

主題の「は」
「は」は名詞・代名詞に付いて主題をつくります.なお,主題の「は」については,ブログ「主題文は簡潔で印象深い―テクニカルライティングの言葉――」で詳細に述べました.そちらも参照してください.

例を示します.

例文4
鼻が長い.

主題は文法学者三上章が提唱したものです(「象は鼻が長い」三上章著,くろしお出版,1969年改訂増補版;「日本語の論理―ハとガ-」三上章著,くろしお出版,1963年).例文は三上が主題の例としてあげたものです.上述のとおり主語を導く助詞は「が」と「は」です.だから,この文は一見すると「象は」と「鼻が」の2つの主語があるように見えます.

三上は「象は」は主題であり,話題になっているものを明示すると提唱しました.「象について言えば」という語感です.この文は,「象について言えば,鼻が長い」という意味です.なお,主題として取り上げる事項は読み手にとって既知のものです.「あの象だよ,その象について言えば」という語感です.理系文らしい例文もあげましょう.

例文5
電気自動車電池が動力源だ.

電気自動車について言えば,電池が動力源だ,ということを述べています.主題文は主張したいことを明確に指摘しますので,説得力のある文になります.

理系文でもこのような主題文は使われます.ある学会の機関誌に掲載された解説論文10報を調べたところ,主題文の出現比率は6%でした.著者が主張したいところで使うと有効です.

主語の「は」(1) 既知のものに付く
「は」は,基本的には読み手にとって既知のもの,つまり先行する文に出ている名詞・代名詞を示して,それを主語にします.例文1の「この数値は(h)」の「この数値」は,「8.1%」であり既知です.それは「は」で受けます.もう1つ例を示します.

例文6
産業革命以降大気中に大量の二酸化炭素が排出された.二酸化炭素地球温暖化の要因である.

第2文の主語は「二酸化炭素は」です.「二酸化炭素」は既知ですから,それに付くのは「は」です.

このように通常「は」は既知のことに付いて主語をつくります.
しかし,以下に示すように未知のものに付いて,それを主語とする場合もあります.このとき,その文は特別な意味を持ちます.

主語の「は」(2) 取り立て・強調の「は」
上述したように,「は」は元々「他と区別して取り出していう意」(広辞苑第七版)を表します.それが未知の言葉に付くと,それを特別に取り立てたり強調する意が強くなります.例文1の「代表的な温室効果ガスは(d)」と「その主な発生源は(e)」は未知ですが,ここで「は」を使うと,主語を特に取り立てたり強調する意が示されます.

これらの「は」を例文2のように「が」に変えると,主語に関する説明文になります.書き手の文に託する気持ちがズレてしまいますので,読み手は違和感を持つのです.

別の例を示します.

例文7
二酸化炭素気候変動の主要因である.

「二酸化炭素」を取り立てて強調しています.これを「二酸化炭素が」とすると,二酸化炭素について客観的に述べた文になります.

主語の「は」(3) 定義文の「は」
読み手にとって未知の概念を示してそれを定義するとき,主語は「~は」となります.未知の概念を特に取り上げて読み手に示すという語感になりますので,読み手は「それは何だろう?」と疑問と興味を持って読み進めます.なので,それが以下に定義されると読み手は納得します.例文1の最初の主語「地球温暖化は(a)」は初出の言葉で,読み手にとっては未知ですが「は」が使われています.それ以下で「地球温暖化」が定義されているので,読み手は納得します.なので,ここは「は」を使います.もう1つ例をあげます.

例文8
,水に溶けて水素イオンを生じる物質である.

酸の定義,より正確にはアレニウスによる酸の定義です.この文では,酸は読み手には未知のことです.だから,それを定義して酸の意味を明確にするのです.これを「~が」とすると定義文にはなりません.酸の説明文になります.

さて,例文1の「地球温暖化は(a)」を,例文2のように「地球温暖化が(a)」とすると読み手は違和感を持ちます.未知のことが示されているから,それに関する何かが以下に述べられると読み手は期待するからです.なので,定義が述べられると違和感を持ちます.「地球温暖化が・・・」が素直に読めるには,定義ではなくそれに関することを述べるとよいです.例を示します.

例文9
地球温暖化大きな問題となっている.

主語の「は」(4) 提示文の「は」
読み手にとって未知のことに関する一般論,文献等の引用や新情報を提示するとき,主語は「~は」になります.主語を特に取り立てるという語感になりますから,それに続けて新情報が開示されると読み手は納得します.

例文1の「カーボンニュートラルを実現する方法の1つは(f)」と「再エネの比率は(g)」はいずれも未知のことですが,「は」を使うことにより以下に続く新情報の提示(f)や文献の引用(g)が素直に理解できます.これらの「は」は「が」に変えられません(例文2).上の意味にならないからです.例文2のそれらが違和感を持つのはこのためです.

別の例も示します.
 

例文10
地球大気に覆われている.(一般論)
資源エネルギー庁のレポートによれば,全発電電力量に対する再生可能エネルギーの割合,近年上昇している.(文献の引用)
水中における塩酸と水酸化ナトリウムの化学反応式,次のように示される.(新情報)
HCl + NaOH → NaCl + H2O

 
第1文は地球と大気に関する一般論です.第2文は資源エネルギー庁のレポートを引用しています.第3文は読み手にとって未知の化学反応式を提示しています.このように,主語に関する一般論など新しい情報を提示するとき,主語を「~は」とします.

定型句の「は」
「は」は特定の語と結びつき,定型句をつくります.典型的な例を示します.

例文11
Mg2+のイオン半径71 pmであり,Li+のそれ71 pmである.

公式的に書くと,「Aのαは・・・.Bのそれは・・・」です.「Aのα」に「は」が付くことが特徴です.

5.「は」の支配力は強いが「が」のそれは弱い

「は」と「が」は上で述べたように異なる機能を持ちます.「は」も「が」も文内や後文に対して影響力を持ち,それにより文章の意味が形成されます.

しかし,「は」と「が」の支配力は異なります.支配力とは文法学者三上の提唱した概念です.「が」の支配力は弱く,その文内または文節内に留まります.それに対して,「は」のそれは大きく,文末まで支配するのは当然として,文を超えることもあります.この支配力の違いが,「は」と「が」の大きな特徴であり,使い方のキーともなります.重要な概念です.

これだけではよくわかりません.例文を示して説明しましょう.

例文12
いくつかの地球温暖化対策がある.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術だ. 2050カーボンニュートラル重要な地球温暖化対策であり,早急に取り組むべき課題だ.

第3文は,「2050年カーボンニュートラルは」が主語で,2つの文節「2050カーボンニュートラルは重要な地球温暖化対策であり」と「早急に取り組むべき課題だ」からなります.最初の文節の主語は,当然ですが「2050年カーボンニュートラルは」です.後ろの文節の主語も例文13のように「2050年カーボンニュートラルは」と素直に解釈します.何の問題もありません.これは「は」が文末まで支配しているからです.

例文13
2050カーボンニュートラル重要な地球温暖化対策であり,(2050カーボンニュートラルは)早急に取り組むべき課題だ.

では,例文12の「2050年カーボンニュートラル」を「2050年カーボンニュートラル」に変えてみます.

例文14
いくつかの地球温暖化対策がある.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術だ. 2050カーボンニュートラル重要な地球温暖化対策であり,早急に取り組むべき課題だ.

最後の文節の主語は「2050年カーボンニュートラルは」と考えることもできますが,他のもの,たとえば直前の「地球温暖化対策」や第2文の「再エネ技術」とすることも可能で,これでも違和感を持ちません(例文15).

例文15
いくつかの地球温暖化対策がある.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術だ. 2050カーボンニュートラル重要な地球温暖化対策であり,(地球温暖化対策は,または,再エネ技術は)早急に取り組むべき課題だ.

これは主語「2050カーボンニュートラルが」の助詞「が」の支配力が,このケースでは最初の文節内にしか及ばないからです.つまり,「が」の支配力は弱いのです.だから,後ろの文節の主語がいくつかあり得るのです.

他の例文も示しましょう.

例文16
地球温暖化対策が求められている.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術がある.2050カーボンニュートラル大きな目標である.実現には実用化技術の迅速な社会実装や革新的技術の開発などが必要である.それらをすべて取り込むことにより達成されるだろう.

第3文の主語は「2050カーボンニュートラルは」です.第4文と第5文は一部の言葉が明示されていません.私たちはこの文章を例文17のように,「2050カーボンニュートラル」を含む言葉を補って解釈して読み,何の問題も感じません.

例文17
地球温暖化対策が求められている.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術がある.2050カーボンニュートラル大きな目標である.(2050カーボンニュートラルの)実現には実用化技術の迅速な社会実装や革新的技術の開発などが必要である.それらをすべて取り込むことにより(2050カーボンニュートラルが)達成されるだろう.

このように読めるのは,「は」の支配力が強く,後ろの2つの文を支配しているからです.
第3文の「は」を「が」に変えます(例文18).

例文18
地球温暖化対策が求められている.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術がある.2050カーボンニュートラル大きな目標である.実現には実用化技術の迅速な社会実装や革新的技術の開発などが必要である.それらをすべて取り込むことにより達成されるだろう.

この文章の第4文と第5文に欠けている言葉は,例文17のように補うことも可能です.しかし,例文19や20のように,それぞれ「再エネ技術」と「地球温暖化対策」を含む言葉と解釈しても問題ありません.

例文19
地球温暖化対策が求められている.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術がある.2050カーボンニュートラル大きな目標である.(再エネ技術の)実現には実用化技術の迅速な社会実装や革新的技術の開発などが必要である.それらをすべて取り込むことにより(再エネ技術が)達成されるだろう.
例文20
地球温暖化対策が求められている.たとえば再生可能エネルギー(再エネ)技術がある.2050カーボンニュートラル大きな目標である.(地球温暖化対策の)実現には実用化技術の迅速な社会実装や革新的技術の開発などが必要である.それらをすべて取り込むことにより(地球温暖化対策が)達成されるだろう.

この理由は,「が」の支配力が弱く,「が」で導かれる「2050カーボンニュートラル」を後文の欠けている箇所に納めることができないのです.だから「再エネ技術」と「地球温暖化対策」を入れても違和感を持たないのです.

ところが,「は」で主語をつくるとそれは後文(このケースでは後ろの2つの文)を支配し,それぞれの欠けた箇所に「2050カーボンニュートラル」を含む語を挿入できます.私たちはそれを補って文章を読みます.

「は」と「が」という日本語の持つ興味深い機能ですし,使うべき価値のあるものです.

6.「が」と「は」の意味の歴史的変遷

「は」が「が」と異なり,多彩な機能を持つようになったのは,翻訳論と比較文化論の研究者柳父章によれば,明治時代の翻訳文の影響とのことです.柳父は明治時代の翻訳文を解析して,翻訳文の変遷や「は」の使用と定着過程を詳しく述べています(“近代日本語の思想”柳父章,法政大学出版局,2004年,pp.1~42.).

主語を意識して明示して話したり書いたりする慣習は,もともと日本人にはありませんでした.主語不要論や主語省略説として議論されています.しかし,西洋の文章は主語を明示します.明治維新以降もたらされた西洋の文献を日本語に翻訳するとき,主語を明示する必要性に迫られたのです.そこで,「が」と「は」を主語を示す助詞として用いるようになりました.当時の日本人としては,「が」は読み手にとって未知の主語を導く助詞として親和性があったようです.

しかし,「は」は異様に写ったようです.柳父はその間の事情や翻訳文の例を多く紹介しています.「は」が用いられた最も著名な文章は,1889年に発布された大日本帝国憲法です.例を柳父の著作“近代日本語の思想”から引用します.

例文21 大日本帝国憲法 第21条
日本臣民法律の定むる所に従ひ納税の義務を有す(原文は漢字カタカナ文,p.3)

読み手にとって未知の「日本臣民」を「は」で受けて,「日本臣民は」が主語となります.もう1つ,上の柳父の著作から引用します.博文館から出版された「政治学経済学法律学全書」からの文章です.

例文22
学問の目的真理を発明するにあり(原文は漢字カタカナ文,p.29)

主語は「学問の目的は」です.これらの「は」で主語を導く文は,当時の日本人には異様に映ったようで馴染めなかったとのことです.

しかし,西洋文明を消化し文明国として発展していくために,外国発の抽象概念や日本にないものごとを,日本語文として紹介し理解していく過程を経て,そして日本人自身による多くの文章作成の結果,「~は」は主語として定着していきました.翻訳文において主語「~は」の「~」は抽象概念や日本人にとって未知のことです.それらは明治時代だと漢語で書かれます.いずれも日本人には馴染みのないものです.それを「は」で受けて主語として,主語について定義したりそれに関する新情報を記す文が「~は・・・」の文として定着していったのでしょう.

「は」は元々「他と区別して取り出していう意」(広辞苑第七版)を表します.それに明治時代の翻訳文で発生した新しい用法が加わり,長い年月を経て使い分けのルール(文法)が成立し,それが今日上で述べたような「は」の多彩な機能として定着したのだと考えられます.
 
私たちはこの使い分けを,文法という定式化されたものとして学ぶのではなく,学校教育や文章作成を通じて知らず知らずのうちに習得しています.それで通常は何の問題もなく両者を使い分けています.ところが,時々使い方に困るときもありますし,使い分けを文法的にうまく説明することも困難です.

歴史的経緯も知って,表に示した「は」の機能と使い方を文法的に理解すると,より論理的に文章を書くことができますし,「は」の特徴を活かしてより説得力がありわかりやすい文章を書くことができます.やはり文法は大事です.

7.まとめ

1)「が」と「は」は主語を示す助詞ですが,役割が異なります.特に「は」は特徴的な機能を持ち,文章の論旨を決めたり強調する力があります.「は」の機能を文法的によく理解して,意識して使いこなすと,私たちはこれまで以上に説得力のある論理的でわかりやすい理系文を書くことができます.本稿は助詞「は」に焦点を当てて,「は」の機能と使い方について述べます.

2)「が」の機能は,基本的には読み手にとって未知のもの,つまり初出のものを指し,それを主語にすることです.また,「が」は主語を強調したいときにも使われますが,頻度は小さいです(全「が」の6%程度).

3)「は」の機能は多彩です.下表にまとめました.それぞれ例文を示して説明しました.

4)「は」の支配力は強いが「が」のそれは弱いです.「は」は文末まで支配するのは当然として,文を超えることもあります.一方,「が」の支配力は弱く,その文内または文節内に留まります.これは使うべき価値のある機能です.

5)「は」と「が」の機能の違いは歴史的経緯も関係しています.「は」は明治時代の翻訳文で主語を示す助詞として使い始まりました.その経緯から多彩な「は」の機能が形成されました.歴史的経緯を知ると助詞の使い方を納得できます.

以上

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