目次
1.文の意味は助詞が決める
日本語文は助詞によって意味が決まります.
「おやっ?意味は名詞や動詞が決めるのでは?」と思われるかもしれません.
文例1を見てください.
電池の研究が活発である
この文の意味はわかります.
では,文例2は意味が取れるでしょうか?
電池を研究で活発はある
「電池」,「研究」も「活発」も意味はわかりますが,文の意味は理解できません.
その理由は助詞が適切に使われていないからです.
文例1は助詞が適切なので,文の意味は理解できます.
「の」は対象を示す助詞で,「研究」の対象が「電池」であることがわかります.
「が」は主語を示す助詞です.「研究が」が主語であることを表します.
「で」は状態を示す助詞で,「(研究が)活発」な状態にあることを示します.
このように適切な助詞が名詞の後に置かれているので,文の意味が理解できるのです.
なお,いま述べた助詞は他の意味もありますが,この文における意味だけを述べました.
また,助詞の名称は,格助詞,係助詞などいくつかありますが,
本稿では助詞とのみ記します.
それに対して,文例2は助詞の選択が間違っているので,意味を理解できないのです.
「を」は対象を示す助詞ですから,「電池」は何かの対象です.
そのつもりで後ろの言葉を読みますが,該当するものは見当たりません.
「で」は上述のように対象を示しますが,手段や理由も示します.
「研究」は対象か手段・理由なのか,判然としません.
「活発は」は主語と読み取れます.
「は」は主語を示す助詞で「他と区別して取り出す」(広辞苑第7版)意味があります.
「ある」は述語ですから,「活発はある」は主語・述語です.
しかし,それと前の「電池を」と「研究で」との関係が読み取れません.
だから,この文は意味不明なのです.
意味の取れない文を長々と解説しましたが,
日本語文では助詞が文の意味を決めることを強調したいのです.
助詞は大切なのです.
2.助詞の意味と役割を知ることは大事
もちろんこのような解説をしなくても,私たちは助詞をうまく使っています.
それは日本人の本能と言ってもよいくらいです.
だから,助詞の意味や使い方を言われると
「そう言うとわかるからだ」としか答えられませんね.
それでよいかもしれませんが,助詞の意味と役割を理解して,
助詞の使い方と配置を考えて文章を書くと,
論理が頭の中でどのように形成されるのかを可視化できます.
それは,論理的な文章作成力を磨くと同時に,論理的思考力をアップします.
助詞を使いこなせば,論理的でわかりやすい理系文(科学技術文)を書くことができます.
さらに,印象深い文章を書くこともできます.
3.主語を示す助詞「が」と「は」
本稿はその中でも主語を示す「が」と「は」を取り上げて,
その重要性と役割の違いを説明します.
本稿は,実際の理系文(ある学会機関誌の解説論文)の文を解析してまとめました.
例文は論文の文を参考にして作成しました.
1)助詞「が」
①「が」は主語を示す
「が」は主語を示す助詞です.
たとえば,「AがBだ」では,「Aが」が主語で,「Bだ」が述語です.
「が」が付く主語は読み手にとって新しい情報です.
主語に続く言葉で,主語が「何だ」,「どんなだ」や「どうする」を述べます.
理系文(科学技術文)で多く用いられる文型を示します.
いくつの文例を示します.
CO2が気候クライシスの原因である
化合物Aの収率を向上させることが本研究の目的である
光反射板がある
アルミニウム板が光を反射する
酸と塩基から塩が生成する
研究者の研究成果が新製品をつくる
バイオプラスチックの性能改良研究が進んでいる
デバイスAの温度が高くなっている
緻密なセラミックスが作製された
反応温度が高い
これらの文の主語はいずれも読み手には未知のことで,
文は主語に関する新規情報を提供します.
これが後述する「は」との違いです.
②「が」の特徴
「が」はいくつかの特徴を持ちます.
(i)文節の中の主語は「~が」
修飾節を持つ文があります.
修飾節は,たとえば,文例4の下線部のように名詞を修飾する文節です.
それの主語は「~が」になります.
例を示します.
われわれは,熱伝導率が高いセラミックスを開発した
大気中のCO2が吸収する赤外線は地表から放射されたものである.
文例4のように修飾節の主語は「~が」で示されています.
これを「~は」に変えると(文例5),意味がわかりません.
頭をひねって考えればわかるかもしれませんが,
少なくとも素直に理解できる文ではありません.
日本語のおもしろさですね.
われわれは,熱伝導率は高いセラミックスを開発した
大気中のCO2は吸収する赤外線は地表から放射されたものである.
(ii)「が」は特定の言葉との親和性が強い
主語を示す「が」と結びつきの強い言葉があります.
2つ例を示します.
1つは,理由・原因の「だから」と「が」です.
両者は結びつきが強いです.
反応が進行したのは,反応液が酸性だからだ
文例6の「が」を文例7のように「は」に変えると,意味がよくわかりません.
反応が進行したのは,反応液は酸性だからだ
2つ目は受身形(~された)と「が」です.
受身形では一般的には主語を「が」で示します.
デバイスAの特異的な機能が見いだされた
摩耗特性に優れた部材の設計が重視されている
理系文において受身形文の主語は,ほとんどが「~が」です.
「~は」はとても少ないです.
「は」を使うと「~は」を強調する言い方になります(次項で述べます).
このように,特定の言葉は「が」と親和性が高いです.
2)助詞「は」
助詞「は」の役割は興味深いです.
まず,「は」は主語を示します.
また,主題を示す役割もあります.
本稿は主語について述べ,主題については別稿に譲ります.
【主題文は簡潔で印象深い ―テクニカルライティングの言葉―】
①「は」は主語を示す
「は」は主語を示す助詞です.
「が」と同様ですが,「は」は「が」と異なります.
「は」が示す主語は,「他と区別して取り出す」(広辞苑7版)という語感を与えます.
また,主語「~は」は,読み手にとって既知の情報,
少なくともそのように書き手は理解している情報です.
「~は」を主語に持つ文は,「~は」は「何だ」,「どんなだ」や「どうする」を述べます.
理系文(科学技術文)で多く用いられる文型を示します.
「が」の文型と少し違います.
いくつの文例を示します.
CO2は気候クライシスの原因である
アルミニウム板は光を反射する
酸と塩基から塩は生成する
研究者の研究成果は新製品をつくる
バイオプラスチックの性能改良研究は進んでいる
デバイスAの温度は高くなっている
緻密なセラミックスは作製された
反応温度は高い
これらの文章は文例3(一部)の「が」を「は」に変えたものですが,
内容は異なります.
文例9の主語は,他と区別して取り上げたもので,
読み手にとって既知の情報です.
少なくとも書き手はそのように認識しています.
第1文で説明すると,気体はいろいろある(酸素,窒素など)が,
その中から「CO2」を取り上げたいのです.
だから,「CO2は」を主語としたのです.
CO2を読み手は知っています(少なくとも書き手はそのように認識しています).
文は,主語について書き手が伝えたいことを述べています.
それは新しい情報,考察や結論などです.
ここでは,「気候クライシスの原因である」ことを述べます.
②「は」の特徴
「は」は,いくつかの特徴を持ちます.
(i)定義文は「は」を使う
理系文では概念などを定義する文が多く使われます.
定義文では,主語は「~は」で示されます.
酸は,水に溶けてH+を放出する物質である
マイクロプラスチックゴミは,大きさが5mm 以下の微細なプラスチックごみである
これらの文は,主語の「酸」や「マイクロプラスチック」を他と区別して取り出して,
それは何かを定義します.
定義文の「は」はその役割にピッタリです.
「は」を「が」に変えると,違和感を持つ文になります(文例11).
述語の一部を変えると意味が通りますが,
主語に関する情報を提示する文になりますので,文意が異なります.
酸が水に溶けてH+を放出する
大きさが5mm 以下の微細なプラスチックごみが,マイクロプラスチックゴミである
第1文は酸が水に溶けてどうなるかを述べた文になり,
第2文は述語と主語を入れ替えないと文意が素直に理解できません.
(ii)疑問文に対する答は一般的に「は」を使う
疑問文に対する答は,「~は・・・である」と答えます.
問 なぜプラスチックは自然界に放置しても分解しないのか?
答 プラスチックは木材などと異なり,微生物で分解されないからだ
答の主語を「プラスチックが」とすると,問に対する答としては少し違和感を抱きます.
問 なぜプラスチックは自然界に放置しても分解しないのか?
答 プラスチックが木材などと異なり,微生物で分解されないからだ
この答だと,「プラスチック」を強調する言い方になり,
問に対する答としては文意が少しずれます.
(iii)「は」の支配力は強く,文末まで係る
文内の文節は他の文節に係って,文の意味が形成されます.
主語の「は」は述語に係りますが,
その係る力は強く述語が複数ある文では,文末まで係ります.
セラミックスは絶縁性に優れており,絶縁体として応用される
生分解性プラスチックは自然界に放置すると分解されるから,今後包装材などで使われるだろう.
第1文の主語「セラミックスは」は述語「優れており」に係り,
さらに後ろの「応用される」にも係ります.
第2文でも同様で,主語「生分解性プラスチックは」は述語「分解される」に係り,
さらに「使われるだろう」にも係ります.
いずれも文末まで係っています.
主語を「~が」に変えると文意が違います.
セラミックスが絶縁性に優れており,絶縁体として応用される
生分解性プラスチックが自然界に放置すると分解され,今後包装材などで使われるだろう.
文例14を読んで文例15を読むと,
後ろの文節の主語も「セラミックスが」や「生分解性プラスチックが」
と取れそうです.
確かにそれでも問題ありません.
しかし,最初の文節の主語は「セラミックスが」や「生分解性プラスチックが」ですと,
「優れており」や「分解されるから」で話が終わるという感覚を持ちます.
後ろの文節は新たな話題が提示されると読み手は感じます.
だから,その主語が変わっても文意は通じます.
その文例を次に示します.文例14を忘れて文例16を読んでください.
セラミックスが絶縁性に優れており,(ガラスが)絶縁体として応用される
生分解性プラスチックが自然界に放置すると分解され,(紙が)今後包装材などで使われるだろう.
第1文は,その前にガラスの絶縁性が特に優れていることが記されているのなら,
「セラミックスが絶縁性に優れている」と記して,
「(絶縁性がセラミックスより優れている)ガラスが絶縁体として応用される」と読むことができます.
第2文も,その前に紙の生分解性と低コストでの製造について記されているなら,
「(コスト面で有利な)紙が今後包装材などで使われる」と記述することができます.
「が」と「は」は文の支配力が違うのです.
「が」と「は」を使うときに配慮すべきことです.
4.理系文における「が」と「は」の使い方
1)使用頻度
ある学会機関誌のいくつかの解説論文を解析して,
主語を示す「が」と「は」がどのような頻度で使用されているのか,調査しました.
結果を表1に示します.解析した論文中の文は全部で約300文です.
主語は文と文内の文節(修飾節など)にありますので,
主語の数はそれよりも多く,約360です.
その中で,「が」は62%,「は」は38%です.約6割が「が」です.
学会の解説論文は学会員(読み手)に新しい情報を提供して,
それについて解説するものです.
だから,上の割合は納得できる数値です.
述語が能動態か受動態かも調べて,表2に示します.
「が」も「は」も能動態が多く,「は」の受動態はとても少ないです.
一般に受身形の主語は「~が」になり,
「~は」を使わないから,この数値は納得できます.
受身形で「~は」を主語とすると,
「~は」を特に取り上げて強調する言い方になります.
その例を示します.
デバイスAは通信機器に使用される
デバイスAが通信機器に使用される
第1文は「デバイスA」を特に取り上げて,それの用途が「通信機器」だと述べます.
第2文は「デバイスA」が「通信機器に使用される」ことを淡々と述べた文です.
2)「が」と「は」の特徴を活かした使い方
「が」と「は」の特徴を活かすと,論理的でわかりやすい理系文を書くことができます.
1つのパラグラフからなる文章を例文として示して,説明します.
土星の衛星タイタンが興味深い.タイタンでは液体メタンが湖をつくり,固体の水(氷)が山や岩石を形成している.大気の気圧が1.5気圧と高く,その温度が-180℃という低温だからだ.氷の表面は滑らかである.それは液体メタンの川が氷を摩耗したことによると考えられている.さらに,アミノ酸の構成要素であるシアン化水素やシアン化ビニルも見つかっている.生命誕生に必要な物質がタイタンにもあるのだ.タイタンは探索すべき価値がある.
「~が」は「~」が最初に出てくるときに使われます.
この文は読み手にとって初めての情報が多いので「が」が多く使われています.
「~は」は二番目以降で使われています.この文では2箇所です.
また,理由・原因の「だから」が後ろにある文では,
主語は「~が」になっています.
文節「液体メタンの川が氷を摩耗したこと」内の主語は「川が」であり,
「が」で示されています.この文章の「が」と「は」は標準的な使われ方です.
この文章のいくつかの「が」を「は」に変えてみます.
土星の衛星タイタンは興味深い.タイタンでは液体メタンが湖をつくり,固体の水(氷)が山や岩石を形成している.大気の気圧は1.5気圧と高く,その温度は-180℃という低温だからだ.氷の表面は滑らかである.それは液体メタンの川が氷を摩耗したことによると考えられている.さらに,アミノ酸の構成要素であるシアン化水素やシアン化ビニルも見つかっている.生命誕生に必要な物質はタイタンにもあるのだ.タイタンは探索すべき価値がある.
文例18に一部の「が」を「は」に変えました.2重下線で示しました.
第1文の「は」は「タイタン」を強調しています.
「他でもないあのタイタン」について言いたいことがある,との感覚が生まれます.
読み手の関心を誘う効果があります.
読み手を引きつけたいとき,パラグラフ最初の文の主語を「~は」にするとそれができます.
事実,上述の文献調査では,パラグラフ最初の文で
「~は」と「~が」の比率を調べると,「~は」:「~が」=65:35です.
「~は」は読み手に興味を持ってもらえます.
他の3箇所の「~は」も主語を強調しています.
「だから」の前に「~は」があると,主語を強く印象づけデータの説得力を増します.
「生命に必要な物質」も同様です.
しかし,「液体メタンの川が氷を摩耗したこと」を
「液体メタンの川は氷を摩耗したこと」にすると,
意味がわからなくなります.
ここは「は」にできません.
「は」は主語を強調すると言いましたが,
この文章で4箇所も「は」に変えたのはやり過ぎです.
1つの文章で「が」を「は」に変えるのは1~2箇所程度が妥当です.
ルール破りは少しだけが効果的なのです.
「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」です.
以上述べたように,「が」と「は」の意味と役割を理解して文章を考えると,
論理的でわかりやすく,かつ印象深い理系文を書くことができます.
5.まとめ
1)日本語文は助詞によって意味が決まります.
助詞の意味と役割を理解して,
助詞の使い方と配置を考えて文章を書くと,
論理的な文章作成力と論理的思考力を磨くことができます.
助詞をうまく使いこなせば,
論理的でわかりやすい理系文(科学技術文)を書くことができ,
さらに,印象深い文章を書くこともできます.
2)本稿は主語を示す「が」と「は」を取り上げて,
その重要性と役割の違いを説明しました.
3)「が」は主語を示す助詞です.
たとえば,「AがBだ」では,「Aが」が主語で,「Bだ」が述語です.
「が」が付く主語は読み手にとって新しい情報です.
主語に続く言葉で,主語が「何だ」,「どんなだ」や「どうする」を述べます.
4)「は」は,「が」と同様に,主語を示す助詞です.
しかし,「は」は「が」と異なります.
「は」が示す主語は,「他と区別して取り出す」(広辞苑7版)という語感を与えます.
また,主語「~は」は,
読み手にとって既知の情報,少なくともそのように書き手は理解している情報です.
文は,その主語は「何だ」,「どんなだ」や「どうする」を述べます.
なお,「は」は主題も示しますが,それは別稿で述べます.
【主題文は簡潔で印象深い ―テクニカルライティングの言葉―】
5)学会機関誌の解説論文では,「が」の使用頻度は多いです.
「が」の頻度は62%で「は」は38%であり,約6割が「が」です.
これは,論文は読み手にとって新しい情報の提示が多いからですし,
それに関する説明や解説が一定数あるからです.
6)主語を強調したいとき,「が」に変えて「は」を使うと効果的です.
書き手が強く言いたい箇所で,
主語を「~は」とすると主語が強調され印象深い文になります.
以上