目次
はじめに
科学技術者は研究開発や科学技術に関する業務に従事しています.その業務を遂行するのに必要な能力がいくつかあります.
重要なものを以下にまとめました.
筆者は,第1項「課題設定能力」と第2項「課題解決力」が最も重要な能力で,そのあと第3項「討論力」,第4項「専門能力・情報判断力」および第5項「T字型人材・π型人材」がほぼ同等で続くと考えます.
1.課題設定能力―「問い」をつくる力
科学技術者にとって最も重要な能力と考えます.これは解決すべき課題を見つけて,それを具体的な研究課題にすることです.課題の発見です.それはなぜだろうという疑問,すなわち「問い」を発見することでもあります.課題や疑問が切実なものであれば,それは重要な課題や「問い」になります.若いうちは,課題が上司から与えられることが多いかもしれません.しかし,一定の仕事を任せられたら,自分と自分の職場が解決すべき課題を自分自身で見つけることが,科学技術者として(社会人として)大成するには必須です.
課題をつくる(「問い」を発見する)方法は以下のとおりです.
①自分が本当に研究開発したい分野または興味・関心のある研究開発事項を見つける.きっかけは偶然でも誰かに教えられてもよいし,自分で勉強したことでもよいです.多くの場合は,すでにボンヤリとした問題意識(何となくおもしろそうだ,やってみたいことがある,なぜだろうと本当に不思議に思うなど)を持っているのですが,具体的な課題として認識できていないか,その重要性に気づいていないと思います.
②その分野の現状を調べます.その分野での常識となっている知見を勉強し,未解決のものや問題点を見つけます.すでに問題意識を持っているものがあれば,それに関することを調べます.
③問題点の何が問題なのか,を調べます.つまり,未解決のことは何か,既報の知見では不足しているのではないか,などです.
④問題点を解決するにはどうすべきか,を考えます.それが研究課題の設定です.ここでいう研究課題は,まだ解決されていないものですし,おそらく誰もが発想しなかったことです.
だから,新たなアイディアを着想しなければなりません.常識から外れたことも検討して,アイディアを創り出します.ひねり出すと言ってもよいです.ここはとても難しいです.つまらないとか,常識外れとか,あり得ないアイディアも検討対象とします.ここ大事です.アイディアを創るためには,(a)常にそれについて考える,(b)関連情報を集めて,勉強する,(c)トコトン考える.(d)おそらくそれでもアイディアが浮かばないことが多いでしょう.そのときは,一時それを忘れて,他のことをする.こうすると,あるときひょんなことからアイディアが浮かぶことがあります.このような着想は,とても不思議で,論理的でも合理的でも科学的でもありませんが,実際にこのような経験をすると実感としてわかります.
アイディアは論理的思考よりも,直感的なヒラメキによることが多いです.優れたアイディアほど直感によるものが多いです.しかし,それはその分野についてよく勉強して多くのことを知っており,真剣に考えた人がふとひらめいた直感なのです.何もしなくて,何となく浮かぶ直感(勘と言ってもよいです)ではありませんので,ここを誤解しないでください.日本語では,一般的にはこの2つの「直感」を区別していません(真剣に考えた後にひらめくものを「直観」といい,単なる勘によるものを「直感」と区別することもできますが,一般的でなく哲学の世界でのことです).だから,「直感」は誤解されやすいです.注意してください.
⑤解決案が出たら,研究目的を考えます.多くの場合は,問題点をひっくり返して,解決案を加味したものになります.
その後,次の課題解決法に移行します.
2.課題解決能力―「問い」を解く力
1)課題解決能力
科学技術者は,上の課題(「問い」)を受けて,研究課題を解決する能力が必要です.
課題を解決する方法は以下のとおりです.
①課題は何なのかを調べ,文章で明記します.これが研究課題です.それを解決するにはどのようなことを成し遂げるべきか,を明らかにします.これが研究目的です.目的を達成すれば,研究課題は解決します.
②課題はどのような要素から構成されているのかを分析します.ついで,課題を解決するための具体的目標を定めます.このとき,要素ごとに目標を定めるのがポイントです.課題が容易に解決できる可能性があるからです.“課題ばらし”とも言います.
③それが明らかになれば,課題を解決する具体的な方法や実施事項を立案します.一般的にはこれが研究計画の立案です.すなわち,要素ごとに解決するための方法とそれに要する期間を考えます.新規な知見,要素や技術が必要ならその開発方法も考えます.これらを時系列に配置します.このとき,この研究の特色や独自性(他研究との違いと優れているもの)が明らかになるはずです.
④計画に従って実施します.定期的に振り返り,計画に対する進捗を把握して,必要なら計画を修正します.計画どおりに目標を達成できるように務めます.このとき,研究チームで実施しているなら,チームメンバーや上司と進捗,研究内容や目標との差異などについて日常的に議論して,チームの見解をまとめつつ行います.関連部署など関係者とも進捗状況を共有化し課題に関する情報も共有化して進めます.ここ大事です.
2)課題解決のための基礎力
課題が解決できるには上の能力が必要ですが,以下の基礎力を科学技術者は当然持っているものとされています.
・論理的思考力
ものごとを論理的に考える能力です.筋道の通った考え方ができると言い換えてもよいです.科学技術者の場合は,データとエビデンスに基づいて,科学的に考える能力でもあります.ここで,科学的とは論理的に考えると同時に科学の推論を意識しないでも使えることです.さらに考えたことは,通常は科学の基礎知識に合致しているはずです(すごい発見の場合は,ごくまれに科学の基礎知識から外れます).
・批判的思考能力(批判的読解力)
ものごとを批判的に考える能力です.多角的にものごとを考える能力と言い換えてもよいです.「批判的」という言葉は誤解されることが多いです.批判的とは決して上から目線で決めつけることでも,横やりを入れることでも,揶揄することでもありません.ここ誤解しないでください.
批判的に考えるとは,他者の意見や文献(書籍,論文や文書など)の見解に対して,相手や著者とは異なる角度(しばしば逆の立場)から考えて,相手や著者とは異なる見方をつくることです.そして,それを相手や著者に伝えて議論して,よりよい考え(大げさに言えば思想)を創り上げることです.文献の場合は,直接著者と議論できないことがほとんどですので,自分の心の中で相手を想定して議論します.この文献に対する批判的思考力は批判的読解力とも言います.
・専門分野の基本的知識
専門分野で求められる十分な基本的な知識を持っていないと,最先端の研究を行うことはできません.基本的知識は,その分野の代表的な教科書や総説にあります.それを熟読吟味します.できれば,そこに引用されている原著論文まで読むとより内容を深く理解することができます.
また,研究分野を開拓した最初の論文・総説・教科書を熟読することを勧めます.それらには,その分野の展望や創始者の問題意識が色濃く出ていますので,読むべき価値があります.時期に応じて読み直すと,新しい見方や進むべき方向を教えてくれることが多いです.
リベラルアーツを学ぶと古典を読めとよく言われますが,それは科学技術でも同じです.研究分野の創始者の論文・総説・教科書は,科学技術の古典です.これを熟読吟味すると新たな展望が開けることがあります.
3.討論力(対話力)―合意をつくる力
研究課題を見つけるためにも,研究を進めるためにも,討論力(対話力と言ってもよい)が必須です.これは,他の人とうまく話をするだけでもないし,自分の意見を言ったからあとは知らないということでもありません.
自分が考えていることは言葉に表さないと自分でもはっきり認識できませんし,他の人も理解できません.そして,一般的には自分の意見は他の人と異なっています.多くの場合,研究開発は個人が独立して(まったく一人で)行うものではありません.指導者やリーダーの下で行ったり,他の人と協同で行います.このような状況下で成果のあがる研究を行うには,研究方針について指導者・リーダーや共同研究者と共通の理解をしたり,同じ見解(少なくとも同じ方向を向いている)を持つことです.他の人と異なる意見を持つこともあるでしょう.そのときは,意見をすりあわせて,できるだけ同じか近い見解とするとよいです.少なくとも,異なる意見のどこがどの程度異なるのかを自覚するとよいです.
そのために討論(対話)が必要になります.まず,自分の意見を言葉に出してキチンと述べます.それに対して,相手は相手の意見を述べます.それらは異なっていることが多いです.そのときは,お互いに自分の意見を出しながら,異なる箇所を協力して探します.それを解消してお互いに合意できる見解に到達するには,お互いから合意可能な案を提案し,それについて話し合いを続けていきます.言葉のボールが行き交って討論が進みます.それは決して相手をやり込めるものではないし,100%譲ることでもありません.討論(対話)がうまくいくコツは,お互いのよいところを認めて,合意できるように相互に言葉を交わしながら努力することです.
このような討論力(対話力)が必要なのです.苦手な人も多いですが,場数をかせぐと慣れていきます.
4.専門能力・情報判断力
研究者としては研究分野の専門知識を十分に持っていることは必須です.基本的知識は当然として,研究に必要な知識は共同研究者に教えられるほどに理解して,自分のものにします.さらに,情報の意味や価値を判断する能力も必要です.情報は知るだけでなく,判断することを伴わなければ使えないのです.これを誤解している人は意外に多いです.
最新の知識を新着の論文誌,特許や他社情報から入手します.つまり最新の情報を常に入手し分析し続けるということです.そして業界の会合などで他社や他機関の情報をできるだけ多く収集します.学会活動もこれに含まれます.最近の科学技術は速いスピードで発展していますので,高いアンテナを張って情報を収集します.そうしないとついていけないのです.ここまでが情報の収集です.でも,これだけではまだ半分です.集めた情報の中から自分にとって重要なものを選び出すことが大事です.情報を集めただけで満足しているのは,単に情報のるつぼの中に埋もれているだけです.それでは情報を有効に活用できません.自分の分野を発展させそうな情報や自分の研究にとって価値のある情報を選び出します.内容を記録して,ファイルに入れておき,いつでも取り出せるようにしておきます.このようにして情報収集力を養います.
情報収集力と判断力を高めるコツは,集めた情報を簡単でもいいので,メモしておき,上司・リーダーや共同研究者に報告し,討論することです.また,研究チームで分担を決めて収集するのもよい手です.それを報告し協議する会合を持ち,各人の考えをぶつけ合うことです.すでに実施しているなら,それを継続してください.あとで役に立ちます.
基本知識や専門知識をブラッシュアップし続け,かつ最新の情報を入手し続けるのはたいへんと思いますが,ここは踏ん張りどころです.
5.T字型人材・π型人材
1)T字型人材
幅広い教養を身につけるようにしてください.研究分野に関連するものや他分野で興味・関心のあるものを,テキストや概論書などで勉強します.人から学ぶのが最も効率が上がります.勉強するのに制限はありません.文学,哲学,芸術や経済学など自分の興味のあることを学びますし,お稽古ごとや趣味(料理,スポーツ,ダンスや音楽など)もお勧めします.幅広い教養は,専門だけに閉じこもる人ではなく,広い視野を持つ人をつくります.それは学問や仕事についての見識を高め,研究開発や業務の遂行時や新規開発や業務に着手するときなど,思わぬところで役に立ちます.
このような幅広い教養を横軸とし,専門知識を縦軸とすると,ちょうど英語のT字になります.なので,このような人をT字型人材といい,有能な人として求められています.
2)π型人材
上のT字にもう1つの専門分野を付け加えると縦棒が2つになります.ギリシャ文字のπも縦棒が2つありますので,専門分野を2つ持つ人材をπ型人材といいます.専門分野をあまり厳密に考える必要はありません.よく知っている分野が2つあれば,十分π型人材です.π型人材は強い分野を2つ持つのですから,仕事の多くの場面で活躍できますし,頼りにされます.特に,複雑に入り組んだ問題を解くとき,熟知している2つの分野の知見を総動員すると解への道が拓けます.
π型人材になるには,自分で問題意識を持って勉強するのもよいです.時間をやりくりして勉強する隙間(すきま)を見つけて短時間で打ち込むと意外に身につきます.
しかし,最も手っ取り早いのは職場異動です.時には希望しない異動もあると思いますが,このようなときこそチャンスです.でも,多くの場合はイヤダイヤダとかコワイコワイとなるでしょう.そのような恐れを排除するには,「しめた!π型人材になれる機会だ」と自分に言い聞かせることです.そうすると,不安も恐れもなくなるでしょう.少なくとも悩みは減るでしょう.異動は人間の幅を広げるチャンスと思ってください.
6.まとめ
科学技術者に必要な能力の中から重要なものを5項目にまとめました.それらは以下のとおりです.
・課題解決力―「問い」を解く力
・討論力―合意をつくる力
・専門能力・情報判断力
・T字型人材・π型人材
それらについて説明しました.
筆者は,課題設定能力と課題解決力が最も重要な能力で,そのあと,討論力,専門能力・情報判断力およびT字型人材・π型人材がほぼ同等で続くと考えます.
以上
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