テクニカルライティング教室

テクニカルライティングの講習・テンプレート作成

科学技術とは何だろうか(2) 単純な見えないものによって複雑な見えるものを説明する -科学は抽象概念と法則により多くの現象を説明する-

目次

1.科学の一般的な定義

現代の私たちは,科学技術の恩恵を受けて快適な生活を営んでおり,まさに科学技術文明の中にいます.この巨大な文明を生み出した原動力は科学です.

科学という人間の知的な営みは,いろいろな角度から定義できます.辞書の定義を見てみましょう.広辞苑(第7版)は以下のように言います.

観察や実験など経験的手続きにより実証されたデータを論理的・数理的処理によって一般化した法則的・体系的知識 (広辞苑 第7版)

科学の重要なキーワードをうまく取り入れた定義だと思われます.


2.ペランによる科学の定義

ウィットと含蓄に富んだ定義もあります.フランスの物理学者・物理化学者で原子の実在を証明したジャン・ペランは,科学を著書“原子”の中で次のように定義しています.

単純な見えないものによって複雑な見えるものを説明する.
(ジャン・ペラン著,玉蟲文一訳,“原子”,岩波文庫,1978年,p.20)

このペランの言葉を,アメリカの言語学者・哲学者のチョムスキーは次のように引用しています.

ペランの言葉(チョムスキーの引用も)は科学の本質をズバリと言い当てていると思います.

複雑な可視を単純な不可視へ還元する.
(ノーム・チョムスキー著,福井直樹,辻子美保子編訳,“私たちはどのような
生き物なのか ソフィア・レクチャーズ”,岩波書店,2015年,p.31)


3.単純な見えないものによって複雑な見えるものを説明する

自然界で起こる現象は,私たちの目に見えるものです.つまり,可視できるものです.

それは一見複雑でバラバラに起こり,秩序がないように見えます.よい例が万有引力と物体間の現象です.

リンゴの実は木から落ちるし,上に投げ上げたボールは必ず地表に落ちます.

地上界では地球生成以来,空間に浮かぶ物体は必ず地表に落ちます.

そして,天上界(宇宙)には月が動いており,太陽も朝に東の空に昇り,夕方には西に沈む.宵の明星も明けの明星も観測されます.

これらは複雑な見えるもの(複雑な可視)です.

これらの現象は長い間互いに関連するものではなく,別々のものと思われてきました.誰も天上界と地上界の出来事を関連付けて考えようともしなかったのです.

しかし,ニュートンは違いました.リンゴが木から落ちるのは,地球とリンゴ(物体)に引力が働いているからだと考えたのです.

さらに,天上界の星にも,同様の引力が働いていると考えました.地上でも宇宙でも,どんな物体間にも引力(万有引力)が働くのだと言ったのです.

万有引力という単純な見えないもの(単純な不可視)により,リンゴは落ち,星は宇宙を運動するのです.複雑な見えるものが説明されるのです.

つまり,地上における物体の落下や宇宙における星の運動という複雑な可視を,引力という単純な不可視によって説明するのです.

そうすると,物体と物体が引き合うような現象は,引力という概念で説明できます.

鉛筆が手から落ちるのも,人力では真上に飛び上がっても宇宙に飛び出せないのも,彗星が太陽系に飛び込んで離れていくのも,

すべて引力の作用で説明できます.実に単純です.

科学はこのように一見複雑な多くの現象(見えるもの)を抽象概念や法則という単純な不可視でまとめ,整理された体系を創り上げます.

それが科学の醍醐味であり,おもしろさなのです.

私たちが科学技術分野で仕事をすると,大なり小なり目に見える複雑な現象を取り扱います.

実験条件を変えればそれはさらに数を増します.多くの複雑な現象に囲まれます.

そこで,私たちは単にデータを集積するだけではなく,分類し,法則を求めて努力します.

多くの場合は既知の法則そのもの,またはその一部を変えて説明できます.

しかし,ときには既知の概念では取り扱えない現象に出くわします.既知の法則を適用しようとしてすべて徒労に終わったとき,大きな困惑に浸るでしょう.

だが,それは新規概念と法則が要求されているときです.混沌の中から,新しい概念・法則が見いだされるチャンスです.それによりこれまで説明できなかった複雑な現象を見事に説明できるでしょう.単純な不可視が複雑な可視を説明できる瞬間を創り出すことができるのです.

科学技術をやっていて大きな幸せを感じる瞬間であり,まさに科学技術者冥利に尽きるものです.

だから,現象やデータの混沌の海に入ったときは,トコトン浸ればいいと開き直れます.その中でもがけば新しい単純な不可視を見つけることができるでしょう.

その人だけが発見という美味を味わうことができるのです.それを目指したいものです.

3.まとめ

ウィットと含蓄に富んだ科学の定義があります.

フランスの物理学者・物理化学者で原子の実在を証明したジャン・ペランは,科学を「単純な見えないものによって複雑な見えるものを説明する」と定義しています.

アメリカの言語学者・哲学者のチョムスキーは,それを「複雑な可視を単純な不可視へ還元する」と引用しています.

ペランの言葉(チョムスキーの引用も)は科学の本質をズバリと言い当てています.

自然界で起こる現象は,私たちの目に見えるものです.可視できるものです.

それは一見複雑でバラバラに起こるように見え,秩序がないように思えます.つまり,複雑な見えるもの(複雑な可視)です.

しかし,その現象は抽象概念や法則,つまり単純な見えないもの(不可視なもの)で説明できるのです.本稿では引力を例に取って説明しました.

私たちが複雑な現象やデータ解釈に戸惑うとき,それは新しい概念や法則(単純な見えないもの)の目の前にいるのかもしれません.

だから,その混沌にトコトン浸ればいいと思い直せば力が湧くでしょう.

以上

『この1冊で!』

全ての研究者・技術者・理系学生のために!

この一冊で研究報告書のテクニカルライティングが学べます。

・研究報告書の構成,体裁と内容について

・結果と考察の構造,重要な4要素,結果と考察の論理展開について

・結果と考察の書き方について

・報告書の表題,緒言(背景と目的),結論、実験などについて

・文の推敲に係り受け解析を使う方法について

詳しくはこちらから

fleximg

『スマホでも学べる!』
電子書籍

著書紹介
『理系のための文章術入門』

科学技術文の書き方を,易しく解説した入門書です.
本書の特徴は以下のとおりです.

①重要な部分をカラーにして強調したり,ポイントを枠で囲むなどして,ビジュアルな誌面とし,内容をつかみやすいようにしています.

②日本語の構成と特徴を述べ,次いで理系文の構成と特徴を,日本語文のそれと比較しながら述べ,両者の違いがわかるように配慮してあります.

③科学技術文の構成と特徴を「理系文法」として体系化したので,科学技術文の書き方を体系的に困難なく習得することができます.

④科学技術者が書くさまざまなスタイルの文章(レポート・卒論・企業報告書など)を示し,書き方を具体的に解説しました.

いろいろなスタイルの文章に慣れ,それらを書くスキルを身につけることができます.
本書で学ぶことにより,科学技術文書作成の達人になれます.
著書紹介『理系のための文章術入門』