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つながる文は伝わる文 ―テクニカルライティングにおける文間文法(1)―

目次

1.つながる文は伝わる文

科学技術者は誰でも相手に伝わる科学技術文(理系文)を書きたいと願っています.
科学技術文は論理的でわかりやすくなければ,書き手の言いたいことが伝わりません.

論理的とは,データとエビデンスに基づいており,
科学の論理が貫かれていることです.

わかりやすいとは,用語が定義されて用いられ,
難解な言葉と文章で書かれていないことです.

もう1つ大事なことがあります.
それはつながる文で書かれていることです.
大げさに言えば読み手が斜め読みしても理解できる文章です.

1つの文から次の文へ滑らかにつながり,流れるように読める文章だと,
書き手の言いたいことが容易に理解できます.

つながる文は伝わる文です.

それに対して,文と文のつながりが悪い文章は読みにくく理解しにくいです.
これでは書き手の言いたいことが伝わりません.

つながらない文は伝わらない文です.

2.文と文のつながりを考える

文と文のつながりを考えてみましょう.

私たちが文章を読むとき,1つの文を読んで書かれていることを理解しようとします.
わかれば次の文に進みます.

次の文もわかれば,前の文も含めてこれらの文に書かれていることが理解できます.
それを繰り返して文章全体を読み終えたとき,文章が伝えたいことを理解します.

前の文(前文)を読んで後ろの文(後文)を読むとき,
文と文の間が滑らかにつながるときと,
つながりにくいときがあります.

前者だと文章は読みやすいです.
でも,後者は読みにくいです.
まるで文と文の間に深い谷間が広がっているように感じます.

文と文の間(文間と言いましょう)は,前文の句点(.または。)と
後文の文頭までの物理的には小さな領域ですが,
文章のつながりやすさや読みやすさを支配する重要なところです.

だから,文章の構成は文だけではなく,文間も含めて,
下図のように考えられます.

文A,BとCからなる文章には,文間αとβがあります.
文章の構成はこのように文と文間を含む全体なのです.

文章には文法という法則性があります.
同様に,文間にも法則性があります.

つながる文間には,つながる要因があり法則性を持ちます.
つながりにくい文間でも同様に法則性があります.

この法則性を文間文法と言います.

文間文法とは聞き慣れない言葉ですが,
言語学者小林英夫が1956年に提唱した概念です
小林英夫,「文体」,「講座日本語 第6巻 国語と国字」(大久保正太郎編,大月書店,1956年)所収,p. 56-70)

その後,哲学者鶴見俊輔や
小説家・劇作家井上ひさしが注目して,著書で取り上げています.

鶴見俊輔は「文章心得帖」
(潮出版社,1980年,ちくま学芸文庫(2013年)にもなっています)
で言及しており,

井上ひさしは「自家製文章読本」(新潮文庫,2015年)で詳しく説明しています.

文芸評論家加藤典洋は「言語表現法講義」(岩波書店,1996年)で,
言語学者石黒圭は「よくわかる文章表現の技術IV―発想編―」(明治書院,2006年)で取り上げています.

これらの著者は小説などの文学作品における文間文法を検討しました.

しかし,科学技術文には言及していません.

科学技術文(理系文)作成においても文間文法は重要と,筆者は考えます.

なぜなら,科学技術文においても,文と文が滑らかにつながり,
書き手の伝えたいことが読み手にストレスなく伝わるべきですから.

筆者はさまざまな科学技術文を調べて,
テクニカルライティングの文間文法に関する興味深い法則と
わかりやすい科学技術文(理系文)作成法を見いだしました.

そこで,本稿などでそれらについて説明します.

3.滑らかにつながる文,つながりにくい文

まず,滑らかにつながる文とつながりにくい文の文例をあげましょう.

文例1は滑らかにつながる文,文例2はつながりにくい文です.

文例1
北極圏の海氷面積が減少している.
1979~2012年における海氷面積の減少率は3.5~4.1%/年と推定される.
文例2
北極圏は海氷面積が減少している.日本では台風の接近や上陸が多い.



文例1は前文を受けて後文が続き,2つの文は関連しています.
前文に記されていることのデータが後文に書かれています.
2つの文は滑らかにつながります.

それに対して,文例2はつながりにくいです.
前文と後文の関係性がわかりません.

よく考えると,両者は地球温暖化によって起こることの例と読み取れますが,
読み手は2つの文を繰り返し読んで考えねばなりません.

まるで前文と後文の間に深い谷があり,両者は遠く隔たっているように感じます.

文間の隔たりの程度を,井上ひさしは「浅い・深い」と表現しました
(「自家製文章読本」新潮文庫,2015年)

井上に倣って,私たちも文間を「浅い・深い」で表現しましょう.

上の文例に当てはめると,
文例1の文間は浅く感じますが,文例2では深いと感じます.

確かに,浅い文間は滑らかにつながりますが,深い文間はつながりにくいです.

科学技術文(理系文)は文間を浅くして滑らかにつながるように書くべきです.

文間を深くすると,読み手は前文と後文のつながりを考えねばなりません.
それでは文章の論理や意味を考えることが難しくなり,
書き手が伝えたいことを正確に理解できなくなります.

科学技術文では避けるべきです.

ただし,深い文間を書いてはいけないと言っているのではありません.
小説やエッセイだと,文間を深くして余韻を持たせたり,
読み手に創造力を駆使させて深く考えさせる効果があります.

文間が深いのにも意味があります.
文間を浅くするのは,あくまでも科学技術文の分野と筆者は認識しています.

4.文間文法で何がわかるのか

文間には浅い文間と深い文間があることはわかります.

では,浅い文間と深い文間の法則性とは何でしょうか.

別の言葉で言えば,文間文法が明らかにすることは何でしょうか.
それは以下のとおりです.
これらは小林が言及しています(「小林英夫著作集 第5巻」,みすず書房,1976年,p. 55)

文間文法は,文間の浅さ・深さを明らかにします.

科学技術文では,浅い文間は文が滑らかにつながりますが,
深い文間はつながりにくいです.

「浅い・深い」を別の言葉で言えば,
①前文と後文の論理的関係,
②つなぐ言葉(接続語)の役割,
です.

前文と後文の論理的関係は文間の浅さ・深さを決めます.
前文と後文が論理的につながれば,文間は浅くなり,文は滑らかにつながります.

一方,前文と後文の論理関係が不明確だと,文間は深くなり,文はつながりにくくなります.

科学技術文(理系文)における文間の論理的関係は,4つに大別できると考えられます.
詳細は稿を改めて説明します.
つながる文は伝わる文
―テクニカルライティングにおける文間文法(2) 文と文の論理的関係―

また,文と文を何らかの言葉でつなぐことも多いです.
つなぐ言葉も文間の浅さ・深さを決めます.
前文と後文の間に,適切なつなぐ言葉があれば,文は滑らかにつながります.

一方,つなぐ言葉がなかったり適切でなければ,文はつながりにくいです.
つなぐ言葉を,文間文法の提唱者小林に倣って「接続語」と言いましょう.

科学技術文(理系文)で使われている接続語は4種類と考えられます.
詳細は稿を改めて説明します.
つながる文は伝わる文
―テクニカルライティングにおける文間文法(3) 接続語の役割―

5.文間文法は何を教えてくれるのか

では,文章作成において,文間文法は何を教えてくれるでしょうか.
それは以下の2つです.

文例1と2で説明します.

文例1は文間が浅いです.文間は滑らかにつながります.
文間文法はなぜこの文間が浅くて滑らかにつながるかを教えてくれます.

この文例の前文は「北極圏の海氷面積が減少している」という事実を述べています.
後文はその事実を受けて,海氷面積が減少しているデータを示します.

前文に書かれた事実に対して後文はそのデータを提示するのですから,
この2つの文は論理的に明確につながります.

それに対して,文例2は文間が深いです.
文間文法はこの文例の文間が深い理由を教えてくれます.
さらに,文間を滑らかに改訂する方法も教えてくれます.

前文は「北極圏は海氷面積が減少している」と北極圏における事実が記されており,
後文は「日本では台風の接近や上陸が多い」と日本の事実が述べられています.

両者の関連を示す言葉が文内に見つかりません.
このままでは両者を結びつける論理的関係は薄いと言わざるを得ません.

書き手の意図は,
この2つの文でそれぞれの地域における地球温暖化の例を述べたいとします.
それには,適切な接続語を使って2つの文の関係がわかるようにすればよいのです.

このケースでは「一方」か「また」を使うと滑らかにつながります.
「一方」は,前文に関連する別のことがらに話題を変えるときに用います.
温暖化の例を並べて述べる場合なら,「また」がよいです.

前文の前に「地球温暖化が進行している」との1文を付け加える手もあります.
そのときは,前文の前に「たとえば」を置き,後文の前に「また」を置くと,
2つの文が滑らかにつながります.

文例3
北極圏は海氷面積が減少している.一方,日本では台風の接近や上陸が多い.
北極圏は海氷面積が減少している.また,日本では台風の接近や上陸が多い.
地球温暖化が進行している.たとえば,北極圏は海氷面積が減少している.また,日本では台風の接近や上陸が多い.

上述した「文と文の論理的関係」「接続語の役割」は稿を改めて説明します.

6.まとめ


科学技術文(理系文)は論理的でわかりやすく書くべきです.
さらに,つながる文で書かれていることも重要です.

1つの文から次の文へ滑らかにつながり,流れるように読める文章だと,
書き手の言いたいことが容易に理解できます.

つながる文は伝わる文です.



文と文のつながりやすさは,文間の浅さ・深さに関係しています.

科学技術文の文間には法則性があります.
その法則性を文間文法と言います.



文間文法が明らかにすることは,文間の浅さと深さ,
つまり,文のつながりやすさとつながりにくさです.

具体的には,①文と文の論理的関係
および
②つなぐ言葉(接続語)の役割です.



①は文と文が論理的にどのようにつながっているかを明らかにします.

文と文が論理的につながれば,文間は浅くなり,文は滑らかにつながります.

一方,文と文の論理関係が不明確だと,文間は深くなり,文はつながりにくくなります.



②は接続語がどのような役割をしているのかを明らかにします.

文と文の間に,適切な接続語があれば,文は滑らかにつながりますが,
接続語がなかったり適切でなければ,文はつながりにくくなります.



文間文法が教えてくれることは,

①文と文を論理的・意味的につなぐには,文をどのように書けばよいか,

②文と文を滑らかにつなぐ接続語は何か,

です.

これらを実践することにより,つながる文を書くことができ,
わかりやすい科学技術文(理系文)を作成することができます.

著書紹介
『理系のための文章術入門』

科学技術文の書き方を,易しく解説した入門書です.
本書の特徴は以下のとおりです.

①重要な部分をカラーにして強調したり,ポイントを枠で囲むなどして,ビジュアルな誌面とし,内容をつかみやすいようにしています.

②日本語の構成と特徴を述べ,次いで理系文の構成と特徴を,日本語文のそれと比較しながら述べ,両者の違いがわかるように配慮してあります.

③科学技術文の構成と特徴を「理系文法」として体系化したので,科学技術文の書き方を体系的に困難なく習得することができます.

④科学技術者が書くさまざまなスタイルの文章(レポート・卒論・企業報告書など)を示し,書き方を具体的に解説しました.

いろいろなスタイルの文章に慣れ,それらを書くスキルを身につけることができます.
本書で学ぶことにより,科学技術文書作成の達人になれます.
著書紹介『理系のための文章術入門』