目次
1.はじめに
科学技術文(理系文)は論理的でわかりやすく書かねばなりません.
さらに文が滑らかにつながるように書くべきです.
文のつながりやすさ・つながりにくさは,文間文法が明らかにしてくれます.
滑らかにつながる文は,文間が浅いです.
しかし,つながりにくい文は文間が深いです.
文間文法とは聞き慣れない言葉ですが,科学技術文の作成には重要です.
その概要は,「つながる文は伝わる文―テクニカルライティングにおける文間文法(1)―」で述べました.
文間文法は,
①文と文の論理的関係
と
②接続語(つなぐ言葉)の役割
を明らかにします.
本稿は「①文と文の論理的関係」について説明します.
(②接続語(つなぐ言葉)の役割」はこちらから)
2.文と文の論理的関係
わかりやすい科学技術文(理系文)では,文と文は論理的関係にあります.
つまり,前の文(前文)を受けて後ろの文(後文)が続きますが,
それらは論理的につながっています.
筋道が通っていると言い換えてもよいです.
前文を読み,ついで後文を読むと,
書き手の伝えたいことがハッキリと見えてくるという感覚です.
それを積み重ねることにより,書き手の主張が論理的に明快になっていき,
文章全体が論理的にまとめられた1つの系になります.
それがわかりやすい科学技術文(理系文)です.
文の文の論理的関係の程度を,
文間文法では文間の浅さと深さで評価します.
前文と後文が論理的につながれば,
文間は浅くなり,文は滑らかにつながります.
一方,前文と後文の論理関係が悪かったり不明確だと,
文間は深くなり,文はつながりにくくなります.
では,科学技術文(理系文)における文間の論理的関係とは,
文と文のどのような関係なのでしょうか.
科学技術文を調べたところ,それは4つに大別できると考えられます.
それを表にまとめました.
No. | 前文 | 後文 |
---|---|---|
1 | ことがら(事象,概念,仮説)の 記述(含む例示) | ことがら(事象,概念,仮説)の 記述(含む例示) |
2 | ことがら(事象,概念,仮説)の 記述 | 考察(含む因果関係)の記述 |
3 | 要因または結果の記述 | 結果または要因の記述 |
4 | 考察の記述 | 結論の記述 |
それぞれについて説明します.
1)ことがら(事象,概念,仮説)の記述(含む例示)と,それに関する記述(含む例示)
前文で何かあることがら(事象,概念,仮説)が記述されたり例が示されます.
後文は前文を受けてそのことがらについて,
さらに記述が続いたり例が示されます.
ことがらが前文で記されただけでは,理解できないかもしれません.
しかし,後文でさらに記述が続くと,前文の意味がより理解できます.
この過程で話がハッキリと見えてきます.
両者は論理的につながるのです.
水は多くの物質を溶かす.たとえば,水は食塩やクエン酸など固体を溶かす.
科学的な測定にはSI単位を用いる.これには質量(kg)や長さ(m)など7つの基本単位がある.
物質の水に対する溶解度は,温度が高いと大きくなるとの仮説を提案する.それを検証するため,温度を変えていくつかの物質の溶解度を測定する.
第1文は,前文で「水は多くの物質を溶かす」という事象が記され,
それを受けて後文でその例が示されます.
事象が記述され,次にその例が示されます.
事象の記述だけではよくわからないかもしれませんが,
例を示されると前文の意味がよく理解できます.
前文と後文は論理的につながります.
第2文は,前文で「SI単位」という概念が提示され,後文でそれが説明されます.
概念のみが示されても理解できません.
でも,その説明が続けば「SI単位」という概念を理解できます.
第3文は,前文で「物質の水に対する溶解度についての仮説」が記述され,
後文で仮説の検証方法が記されます.
このような構成だと仮説についての理解が進みます.
さらに,文例を続けましょう.
塩化銀の水に対する溶解度は極めて小さい.その溶解度は1.93×10-3 g/L(25℃)である.
塩酸は強酸である.硫酸も強酸である.
内燃機関自動車は二酸化炭素を排出する.一方,燃料電池自動車は水を排出する.
第1文は,前文での「塩化銀の水に対する溶解度は極めて小さい」
という塩化銀の溶解度に関する記述を受けて,
後文でもその記述が続きます.
この文例では溶解度のデータ(1.93×10-3 g/L(25℃))が示されます.
第2文は強酸の例を2つ示し,
第3文は2種類の自動車の排出物質を述べています.
2)ことがら(事象,概念,仮説)の記述(含む例示)と,それに関する考察(含む因果関係)の記述
前文で何かあることがら(事象,概念,仮説)が記述されます.
後文でそれに関する考察が記述されます.
因果関係を考察することも多いです.
前文で記されたことが後文で考察されることにより,
考察内容についての理解が進み,その姿が明快に見えてきます.
水は極性物質を溶かす.水がその物質を溶かすのはなぜだろうか.
イオン化合物など多くの物質は水に溶解する.その要因の1つは水の極性であると考えられる.
第1文は,前文の「水は極性物質を溶かす」という事象の記述に対して,
後文はその要因について考察しようという問題提起です.
それに続く文では,要因の考察が記述されるでしょう.
第2文は,前文で「イオン化合物など多くの物質は水に溶解する」という事象が記され,
後文でその要因の1つが考察されています.
前文を受けて後文でその要因が考察されますので,
前文の事象について理解が進みます.
両者は論理的につながります.
3)要因または結果の記述と,結果または要因の記述
前文で要因を記し,後文で結果を記します.
逆に前文で結果を記し,後文でその要因を記すこともあります.
両者とも因果関係を述べますので,明確な論理的関係があります.
アクセルを踏み込む.自動車は加速する.
NaClは水に溶ける.Na+イオンとCl-イオンが水分子と溶媒和して水中に入るからである.
第1文は,前文の「アクセルを踏み込む」という要因に対して,
後文の「自動車は加速する」という結果が記されています.
第2文は,前文で「NaClは水に溶ける」という結果が記され,
後文ではその要因が書かれています.
これらはいずれも因果関係が記されている文です.
4)考察の記述と,結論の記述
事象の説明の後に,事象に対して考察する文が書かれ,
その後結論が記されます.
科学技術における事象に対する考察と結論の一般的な書き方です.
Cl-イオンを含む水溶液にAgNO3溶液を加えたら,白色沈殿が生成したa.AgClの水に対する溶解度は1.93×10-3 g/L(25℃)であり,非常に小さいb.したがって,白色沈殿はAgClと考えられるc.
下線部aは「白色沈殿が生成した」という事象の記述です.
下線部bでその事象に対して考察します.
この文例では白色沈殿は何かを考察します.
溶解度のデータを考察することにより,白色沈殿はAgClとの結論が得られました.
結論は下線部cに記されています.
炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)粉体とクエン酸(C(OH)(CH2COOH)2(COOH))粉体をよく乾燥させた.これらを混合したら均一に混合された.この混合物に水を加えたら,気体が発生したa.発生した気体は何かを考察したb.クエン酸は水に溶解し水素イオン(H+)を生成し,それが以下の反応によりCO2を生成したと考えられるc.したがって,発生した気体は二酸化炭素(CO2)と考えられるd.
C(OH)(CH2COOH)2(COOH) + 3NaHCO3
↓
C(OH)(CH2COONa)2(COONa) + 3H2O + 3CO2
この文例では,下線部aは「炭酸水素ナトリウムとクエン酸粉体を混合し,
水を加えたら気体が発生した」という事象が記されます.
「気体が何か」を考察するのが下線部bとcです.
この考察の結果,気体は二酸化炭素であることがわかりました.
結論を下線部dに記します.
文例5も6も,事象の説明からその考察と結論への筋道が通っており,
論理的につながります.
3.まとめ
1
科学技術文(理系文)は論理的でわかりやすく,
さらに,文が滑らかにつながるように書くべきです.
文のつながりやすさやつながりにくさは,
文間文法が明らかにしてくれます.
滑らかにつながる文は,文間が浅いですが,
つながりにくい文は文間が深いです.
2
文間文法は,
①文と文の論理的関係
と
②接続語(つなぐ言葉)の役割
を明らかにします.
本稿は「文と文の論理的関係」について説明しました.
3
わかりやすい科学技術文(理系文)では,
文と文は論理的関係にあります.
つまり,文と文は論理的につながり,
文章全体が論理的にまとめられた1つの系になります.
筋道が通っていると言い換えてもよいです.
また,文章を読むと話がハッキリと見えてくると言ってもよいです.
4
前文と後文の論理関係は大きく4つに分けられます.
それを表にまとめ,それぞれについて説明し,文例を示しました.