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作家ジョージ・オーウェルと丸谷才一に学ぶ科学技術文(理系文)の書き方

目次

1.言いたいことをどのように書いたらよいか

言いたいことはおぼろげながらもわかっている気がするが,どう書いたらよいのかわからない.誰でもそのような経験を持っているでしょう.科学技術文を書くときも同じです.そんなとき,スムーズに文章を書くにはどうすればよいのでしょうか.

2.ジョージ・オーウェルの文章の書き方

文章の書き方について,イギリスの作家で「1984年」の著者ジョージ・オーウェルは,次のように言っています.

自分の書く文の一つ一つについて,・・・自分は何を言おうとしているのか,どういう語でそれが表現できるだろうか,どういうイメージもしくは熟語がそれをいっそう明瞭にしてくれるだろうか.
(ジョージ・オーウェル著,川端康雄編,“水晶の精神 オーウェル評論集2”,平凡社,1995年,p. 25).
具体的な対象について考える時,言葉ぬきで考え,心に描いているものを記述したいと思えば,適切に見える正確な語が見つかるまで捜す.
(ジョージ・オーウェル著,川端康雄編,“水晶の精神 オーウェル評論集2”,平凡社,1995年,p. 31).

筆者はこれを次のように解釈しました.つまり,自分の言いたいことが具体的で明確なイメージ(比喩を含む)として脳内に浮かぶまで考え,その姿をピッタリ言い表す言葉(熟語や表現方法を含む)を探し出し,その中から適切な言葉を選んで文章を書く,と.

言いたいことの姿を頭の中で明確になるまで考えることが大事だとオーウェルは言っているのです.それがハッキリとした画像として脳内に浮かんだところで,言葉で表現することが肝心なのだと言いたいのです.そのとき,それを表す最も適切な言葉になるまで,いろいろな言葉を探し求めること,およびわかりやすいイメージや比喩を探すことが大事だとも言っています.

このオーウェルの言葉は,私たちが科学技術文を書くときの指針になります.

3.科学技術文を書く(1)-書くことをイメージ化する

上の指針を科学技術文作成に応用してみましょう.

科学技術者にとって身近な例を挙げましょう.現実にはもっと複雑なことを書くケースが多いと思いますが,オーウェルの言っていることを身近に感じてもらいたいからです.

いま,原子の大きさに対して原子核がきわめて小さいことを,水素原子を例に取って述べる文章を書くとしましょう.水素原子の直径は約1.2×10-10mで,水素原子核(陽子)のそれは約1.7×10-15mです.ザックリ言って,原子核は原子の1/105,つまり10万分の1です.

これを書くとき,まずそのことが何なのかを考えます.どんなことなのかを脳内に画像として思い浮かべます.図1に示すような画像を思い浮かべるでしょう.だが,原子と原子核の直径を書いても,読者は理解しにくいでしょう.そこで,わかりやすい比喩を考えます.たとえば,原子を東京ドームとすると,原子核はピッチャーマウンドに置かれたビー玉にたとえられます(図2).

この2つの画像が脳内に浮かび上がったところで,文章(草稿)を書きます.


4.丸谷才一の書き方

文章の書き方について,作家で文芸評論家の丸谷才一の助言が有効です.丸谷は次のように述べています.

ものを書くときには,頭の中でセンテンスの最初から最後のマルのところまでつくれ.つくり終ってから,それを一気に書け.それから次のセンテンスにかかれ.それを続けて行け.そうすれば早いし,いい文章ができる.
(丸谷才一著,“思考のレッスン”,文春文庫,2002年,pp. 229-230)

とりあえず思い浮かぶことから書き始めて,途中で止まって考えるのではない,と言っているのです.この助言に従うと草稿をスムーズに書けます.

5.科学技術文の書き方(2)―センテンス(文)を書く

丸谷の助言に従い,最初のセンテンス(文)を頭の中で考えます.このとき,言葉や文章がいくつか浮かぶこともあるでしょう.そのようなときは,その候補を並べて書いておきます.草稿段階ではこのままにしておきます.これをどうするかは,推敲段階で考えます.以下も同じです.文例1では,原子核の小ささを表現するのに「それよりもはるかに」と「きわめて」の2つを思いつきました.このまま残しておきます.

文例1
原子の大きさに対して,原子核は,それよりもはるかに,きわめて,小さい.


次のセンテンスは水素原子を例に取ることです.

文例2
例として最も小さい水素原子を取り上げる.


もう1つ浮かびました.これも書いておきます.

文例3
いま水素原子を例にとって考えてみよう.


次に進みます.図1を思い浮かべながら,水素原子と原子核の大きさ(直径)を述べます.

文例4
水素原子の直径は約1.2×10-10mで,水素原子核(陽子)のそれは約1.7×10-15mである.


比喩を図2を思い浮かべて書きます.

文例5
原子を東京ドームとすると,原子核はピッチャーマウンドに置かれたビー玉にたとえられる.


さらに続けます.

文例6
このたとえからもわかるように,原子核は小さな原子よりさらに小さいのである.


これらのセンテンスを並べれば,草稿(文例7)ができます.

文例7
原子の大きさに対して,原子核は,それよりもはるかに,きわめて,小さい.例として最も小さい水素原子を取り上げる.いま水素原子を例にとって考えてみよう(別文).水素原子の直径は約1.2×10-10mで,水素原子核(陽子)のそれは約1.7×10-15mである.原子を東京ドームとすると,原子核はピッチャーマウンドに置かれたビー玉にたとえられる.このたとえからもわかるように,原子核は小さな原子よりさらに小さいのである.

この文章を推敲します.推敲しなければ文章は完成しません.

6.推敲する-オーウェルの助言

文章の推敲についてオーウェルの上の言葉は役立ちます.オーウェルはさらに述べています.上の言葉も含めて,科学技術文の推敲に応用できるところを書き出してみます.

・適切に見える正確な語が見つかるまで捜す.(再掲)
・短い語で十分な時はけっして長い語を使うな.
・一語削ることが可能な場合にはつねに削除せよ.

(ジョージ・オーウェル著,川端康雄編,水晶の精神 オーウェル評論集2,平凡社,1995年,p. 32)

「一語」は「語句」や「一文」にも置き換えられると考えます.文章を不必要に長くしないことだと解釈しました.

7.科学技術文の書き方(3)―推敲する

さて,オーウェルの提言に従い,推敲します.

第1文の修飾語「それよりもはるかに」と「きわめて」を検討します.同じ意味なら短い言葉を選びます.センテンスが締まるからです.ここでは「きわめて」にします.

次は第2文です.ここは2つの候補があります.「例として最も小さい水素原子を取り上げる」と別文「いま水素原子を例にとって考えてみよう」です.これらを検討します.

両者とも間延びしたセンテンスです.最初のセンテンスの「最も小さい」は不要です.水素原子が最も小さいことは,読者はよく知っているからです.「例として水素原子を取り上げる」と改訂しました.

第2文の「考えてみよう」は文章全体の文脈から,適切か否か考えます.「考えてみよう」はちょっと浮いている感じがします.両文とも「適切に見える正確な語」という観点から考え直して,「例として水素原子を取り上げる」が,それだと判断しました.また,このセンテンスは前文と後文のつながりがよいと考えられます.

さて,最後のセンテンスはどうでしょうか.各センテンスを考えているときは必要と思いましたが,全文を見ると最初のセンテンスと重複しています.ここは「削ることが可能な場合にはつねに削除せよ」に従い,削除するのが適切と判断しました.

これらの検討に基づいた改訂例(文例8)を示します.簡潔で締まった文章になりました.

文例8
原子の大きさに対して,原子核はきわめて小さい.例として水素原子を取り上げる.水素原子の直径は約1.7×10-15mで,水素原子核(陽子)のそれは約1.2×10-10mである.原子を東京ドームとすると,原子核はピッチャーマウンドに置かれたビー玉にたとえられる.

ここでは簡単な事例を取り上げましたが,もっと複雑な対象でも上のように取り組むと,スムーズに文章を書けます.

8.まとめ

科学技術文を書くとき,作家の助言が役立ちます.イギリスの作家で「1984年」の著者ジョージ・オーウェルは,文章を書こうとするときの心構えを次のように言っています.

・自分の書く文の一つ一つについて,・・・自分は何を言おうとしているのか,どういう語でそれが表現できるだろうか,どういうイメージもしくは熟語がそれをいっそう明瞭にしてくれるだろうか.
(ジョージ・オーウェル著,川端康雄編,“水晶の精神 オーウェル評論集2”,平凡社,1995年,p. 25).

・具体的な対象について考える時,言葉ぬきで考え,心に描いているものを記述したいと思えば,適切に見える正確な語が見つかるまで捜す.
(ジョージ・オーウェル著,川端康雄編,“水晶の精神 オーウェル評論集2”,平凡社,1995年,p. 31).



具体的なセンテンス(文)の書き方については,作家で文芸評論家の丸谷才一が次のように助言しています.

ものを書くときには,頭の中でセンテンスの最初から最後のマルのところまでつくれ.つくり終ってから,それを一気に書け.それから次のセンテンスにかかれ.それを続けて行け.そうすれば早いし,いい文章ができる
(丸谷才一著,“思考のレッスン”,文春文庫,2002年,pp. 229-230)



 オーウェルは推敲についても述べています.

・適切に見える正確な語が見つかるまで捜す.(再掲)
・短い語で十分な時はけっして長い語を使うな.
・一語削ることが可能な場合にはつねに削除せよ.

(ジョージ・オーウェル著,川端康雄編,水晶の精神 オーウェル評論集2,平凡社,1995年,p. 32)



これらについて具体例を示して説明しました.

以上

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